サピエンス勝利の歴史と危機:人類の団結

サピエンス勝利の歴史と危機:人類の団結

はしがき

 人類の団結は、「我々(us)」と「他人(they)」ではなく、全ての人を「我々」とする見方による。面識のない他人も、海によって隔離され大陸や島々に住む人々も、皆が「我々」となる。この考え方は太古の昔から実践され、中でも、商人・エンパイアーの指導者、宗教家が熱心であった。

 商人は物資を交換し、エンパイアー指導者は領土を拡大し、宗教家は「ユニバーサル・オーダー」を実現するために実践した。次第に拡大したエンパイアーは、イギリス帝国のような巨大なグローバル社会となった。ヨーロッパにおける百年戦争や、二つの世界大戦を経て、平和による繁栄を目標とする国際社会が実現した。世界は一つのグローバル社会となったのである。 

グローバル社会を進行させる三要素

 人類史におけるグローバル化は、太古の昔に始まり、マネー(経済)・エンパイアー(政治)・宗教(団結)の分野で実践された。

「マネー」の役割

 「我々」だけの単純な社会では、必要な物資とサービスの全てを自分たちでまかなった。しかし、必要な物資とサービスが多様な場合は、近くに住む「他人」と交換した。また、病気など専門の知識や技術が必要なときは、他の集団の助けを借りた。交換は既知の人々の間で、「善意と恩義(favors & obligations)」による習慣によって行われた。

 農業革命によって人口が増加すると、交換を仲立ちする商人が出現し「マネー」の概念が生まれた。「マネー」が機能するためには、二つのユニバーサルな原理が必要である。

(1)ユニバーサルな変換(universal convertibility):物々交換から土地から得る年貢まで多様な交換が可能となる。(2)ユニバーサルな信頼(universal trust):二人の人間が信頼によって結ばれ 、交換だけでなく共同企画も実行できる。

 この二つの原理によって、人類は団結し農業革命や科学革命を実現したのである。人々の信頼がマネーに託されると生まれる暗黒の面もある。例えば、人身売買や政治家による汚職は今も絶えない。

エンパイアー(帝国)のヴィジョン

 サピエンスの勝利は団結の力に負う所が大きい。農業革命におけるエンパイアーの歴史は、争いによるエンパイアー拡大の歴史でもあった。科学革命による植民地をめぐる戦争とエンパイアーの拡大は、世界規模で行われるようになった。戦争は次第にエスカレートし、今では人類絶滅の危機に襲われている。

 二〇世紀の半ばに第二次世界大戦が終わり、世界は戦争から平和へ転換した。平和のための国際機関が次々に成立し、世界は国際社会という一つのエンパイアーとなった。我々はその到達点である「新しいグローバル・エンパイアー」の一員である。

(1)エンパイアーとは何か

 世界最大のエンパイアーを造ったイギリスのエリザベス女王が逝去した(2022.9.8)。女王が植民地時代のエンパイアーが消失していく時代に即位し、70年間も人々の愛と尊敬を得た理由は何か。

 エンパイアーは、二つの特徴(characteristics)を持つ政治的支配(political order)である。一つは、異なる文化(culture)と領土を持つ他の集団を支配する。集団の人数は、それほど重要ではない。他は、領土の境界線は流動的であり、容易に変えることができる。しかしながら、支配者が基本とする組織やアイデンティティは変更しない。支配者は、他者が持つ全てを飲み込み消化していくのだ。

(2)エンパイアーのヴィジョンと遺産

 近年は、植民地時代のエンパイアーを、極右主義に並ぶ悪とする見方さえある。著者は悪を考慮しながらも、エンパイアーのすばらしい遺産を認める。芸術や哲学など、歴史に残る帝国の遺産は膨大である。その中で21世の我々が享受する最大の遺産は、帝国が強制した言語であるという。

 世界で広く使われている言語は、スペイン語・ポルトガル語・仏語・英語である。他にエジプトで使用されるアラブ語、東洋各国における中国語の影響がある。新しいエンパイアーでは、200に近い独立国が英語を主とするインターネットで結ばれている。全ての独立国は一つの経済圏となり、政治・文化に加えて、人も物資も容易に国境を越えることができる。

宗教のおきて(the law of religion)

 農業革命の歴史において宗教は大きな役割を果たした。著者によると、「宗教離れ」とされる近年の現象は、本当は熱烈な信者をもつ新しい宗教の出現であるという。宗教は人間が従うべき基準と価値観を教える。それは、ユニバーサルで超人的な指令であり、全ての人に広めるべきものである。例えば人類愛を崇拝する「人類教(humanist religion)」は、宗教の定義を満たしている。科学至上主義も宗教である。

 新しい宗教の起源は、東洋で発祥した仏教や儒教などに見られる自然主義にあるという。神が自然を超越するのではなく、神も人間も自然の摂理の下にあるという考え方だ。その結果、農業革命における偉大な神を崇める一神教が弱体化したのである。

 著者は新しい宗教として、共産主義・自由主義・社会主義を挙げる。共産主義は、マルクスやレーニンの思想を教える書籍(聖典)があり世界に広まっている。人類愛を崇拝する「人類教(humanist religion)」は、宗教の定義を満たしている。

 人類愛による様々な活動(人権・高度医療等)は、新しい宗教の実践である。人類愛に導かれる平和な時代(20世紀後半から現在)は、前例のない急激な人口の増加が起こった。人口の増加には、様々な原因が考えられる。豊かな生活をもたらす経済活動は、人口の増加によって持続し拡大する。自然界における弱肉強食は、人間社会では許されない最悪の罪である

 壮大なサピエンス勝利の歴史は、生物の多様性が失われ、人間と人間が食料にする動物と植物が地球を覆う結果となった。

おわりに

 「第3部・人類の団結」を終える前に、著者は「新しい宗教」と「なぜ歴史を学ぶのか」について言及している。それは、科学革命の歴史がサピエンスだけでなく地球上に生きるすべての生命を脅かす分岐点に達したからであろう。これらのトピックについては、科学革命を終えてから「終章」で考察している。

サピエンス勝利の歴史と危機:科学革命 へ続く

 

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