サピエンス勝利の歴史と危機:農業革命

サピエンス勝利の歴史と危機:農業革命

はしがき

 農業革命については対立する二つの見方がある。一つは、人類の繁栄と進歩であり、他は人類破滅への道である。定住した人類は貪欲になり、狭い土地で過酷な労働を強いられ、広大な自然から遠ざかって行く。麦や米を中心とする偏った栄養により、怪我や病気が多くなり、密集した生活で伝染病が蔓延した。

 最も顕著な現象は、定住による急激な人口増加である。農業革命が起こった紀元前1万年頃の人口が5−8百万人ほど、紀元一万年には2億5千万人となる。人口の増加によって、彼らが住む村が町になり、更なる人口増加で都市が発達した。
また定住によって、土地の所有権や農産物の分割など、個人や団体の間に争いが絶えない。各地で支配者が現れ、支配者が統率する団体はエンパイアーと呼ばれた。エンパイアーは争いによって淘汰され、数十人の村から町へ、更に数十万人の大都市へと拡大していった。

 農業革命による人口増加とエンパイアーの出現、拡大するエンパイアーにおける人々の団結を支えた最大の要因は何か。

農業革命の本質

 農業革命は、定住がもたらした一大変化である。サピエンスは7万年前にアフリカを出て中東に移動した。他のホモ族は、すでに2百万年前からアフリカを出てユーラシア大陸に移動していた。サピエンスが移動した中東は、1万年前に温暖な気候となり、地面に残された種から大量の麦が収穫できた。中東から東アジア・中国へ、そしてオーストラリア大陸やアメリカ大陸に移動したサピエンスは、穀物や芋類を栽培し定住するようになった。

 これまでの歴史では、サピエンスは麦を栽培し、鶏や羊を家畜にした(domesticated)とされていた。本書では、麦が人間を支配したと考える。なぜなら、当時の農業は全て人の労働であり、水やりだけでも大変な労力を必要としたので、苦しい労働を強いられたからだ。 

 サピエンスは、家や農具に加えて穀物を保存し、家財道具を所有するようになった。農民一人の持ち物が、採集民全員が所有するほどの量だったという。急速な人口増加は、労働力となる子どもの数を増やすことで始まったが、不作の年は餓死する子も多かった。収穫は天候に支配されたので、サピエンスは次の季節や翌年とその先まで、未来への不安が多くなった。人々は仲間と語り合い、団結してエンパイアーを形成していく。

都市の発達とサピエンスの団結

 農業社会は、数十人の村から数百人の町に、そして何万人も住む都市に拡大していった。紀元前5000年から4000年の間に、古代都市が各地で発達した。今も謎が多いエジプトのピラミッドの建設(紀元前4500年頃)は、数十万人の奴隷によって出来たという。

 都市を機能させるために必要なデータやルール(法律)は、口述と記憶から数字や文字による記録に変った。記録は驚くほど高度であり、農業革命を「人類の繁栄と進歩」とする見方が生まれる。

 古代最大の都市・バビロンの国王(Hummurabi)は、帝国の神々による憲法(紀元前1776)を制定し、国民を団結して支配した。それから数千年を経て行われたアメリカの独立宣言(1776)においても、国民はキリスト教の神から与えられた権利として、自由・平等・幸福の追求を掲げた。

 このように、神話を信ずる人々の団結は、サピエンスの歴史と共に拡大し、今日まで続いている。

農業革命の遺産

 イギリスで起こった産業革命は、生活に必要な労力を機械に転換することであった。それは衣食住のすべて、交通・情報分野と武器の製造にも適用された。古代文明を象徴するストーンヘッジなど巨大な石の遺跡は、今も世界各地に残っている。エジプトのピラミッドは、数十万人の奴隷によって造られたという。

 これらの遺跡が象徴するのは、強力な支配者と多数の貧民が存在した古代社会である。それは、労働を強いられた多数の奴隷と農夫、支配者に使える役人、手工業者などで構成される階級社会であった。宗教家・教育者・おまじない医療者も少なくなかったと思われる。女性は家事・育児を担当し、出産や冠婚・葬祭は年長者の役割だった。

 農業社会を機能させた社会階級や男女による役割の違いは、科学革命以降に次第に変化していく。イギリスでは、19世紀以降に農地を所有する地主の時代が終わる。工業社会の労働者は、民主主義の下で選挙権を獲得し、政治に参加できるようになった。しかし、女性の選挙権は、先進国でも20世紀になってからである。

おわりに

 著者は、農業革命の最終章で、時代による男女差の変化を述べている。生物的違いは性別(SEX)で、社会的違いはジェンダーである。農業革命の時代と現代を比較すると、生物的違い(遺伝子・女性の臓器)は全くない。しかし、ジェンダーの違いは大きく、政治や職業において男女平等になったのは科学革命の最終段階になってからだ。

 近年は、女性だけではなく、人種・障害者・セクシュアル・マイノリティが声をあげ、アメリカ社会は分割の危機に面している。日本で占領軍の指導の下で進められた男女平等は、今後どのように変化するのか。それは一国の問題ではなく、国際社会というグローバルな視座が深く関わっていく。

サピエンス勝利の歴史と危機:人類の団結 へ続く

 

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