随想文学の古典にみる男女の情愛:枕草子(その1)

随想文学の古典にみる男女の情愛:枕草子(その1)

枕草子の背景とあらまし

 藤原摂関政治が頂点に達した平安時代に実権を握った道隆と続く道長。彼ら上流貴族は、十代に達した娘を女御として皇室に入れ、やがて娘は中宮となり後宮(こうきゅう)に住む。父親は政治の実権を握り、娘が皇子を生み孫の天皇即位も可能となる。中宮は天皇が住む御殿に参上するので、天皇側近の高貴な男性たちが毎日後宮にやってくる。

 後宮は彼らを迎える中宮と多数の女房が仕えるサロン。男性たちは漢詩や和歌を詠唱し、筆書きや楽器も上手な教養人であり、中宮をはじめ女房たちも高い教養が求められた。このように摂関政治の中枢的役割を担う後宮は、男性社会における政治的戦略の枠組の中で営まれる特殊な社会と言える。

 道隆の娘・定子(ていし)は、正暦元年(990)十一歳で元服した一条天皇の中宮となった。清少納言が「宮にはじめてまいりたる」当時(993年冬)、美貌と才覚あふれた中宮定子は、一条天皇の寵愛を一身に集めていた。『枕草子』は、中関白(なかのかんぱく)として実権を握った道隆に支えられた中宮定子の栄華期と没落期に生き、間もなく三人の幼子を残して二十五歳で崩御(1000.12.16)されるまでの期間を語る。

 本セミナーの『枕草子』における男女の情愛は、中宮定子と一条天皇、定子の親族、定子に仕える清少納言と女房や高貴な男性たちの間で繰り広げられる。「栄華期」は、後宮サロンで輝く中宮定子、気品に満ちた一条天皇、父・道隆、定子の二人の弟(伊周と隆家)、後に三条天皇の中宮になった妹(原子)を中心に描いている。

 道隆の突然の死(995.4.10)に始まった「没落期」は、中宮が父の崩御に続く一年間の喪服、没落していく一家の悲しみの中で、第一皇女・第一皇子、第二皇女を出産する。その期間も一条天皇に仕える高貴な男性たちが中宮の元へやって来たのは、天皇の変わらぬ愛を示している。没落期における中心人物は、表向きには後宮へやってくる蔵人たちと清少納言であるが、一条天皇と中宮の情愛は興味深い事件の中でひそかに描かれている。

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 小説という虚構の世界と異なり、随筆は王朝政治の中心人物を描くという困難を克服しなければいけない。その手段して歴史的事実を検証し、作品の全体像を明らかにする研究が進められている。それは、スクランブルをかけたかのように順不同な内容を、歴史的な事実に基づいて整理する方法である(赤間恵都子、2009, 2013)。

 こうした研究を参考にして本セミナーでは、中宮定子と一条天皇を中心とした王宮時代の男女の情愛に新たな光を当てている。

(その2)へ続く

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