アセナコラム 第2回 ナイチンゲール生誕200年・新コロナ時代を生きる

アセナコラム 第2回 ナイチンゲール生誕200年・新コロナ時代を生きる

はしがき

 『 [新訳]・看護覚え書』(久間圭子訳,2010は、F・ナイチンゲールの名著・『看護覚え書』の出版150年記念事業だった。それから10年が経過した生誕200年は、新コロナの出現・拡大によって医療崩壊さえ危惧されている。細菌が発見される以前、近代医学の黎明期に、感染病から人々の命を救ったF.ナイチンゲールの偉業を今一度考えてみたい。 

ヴィクトリア時代を生きたF・ナイチンゲール(FN

 エリザベス一世(1553-1603)の支配下、大航海時代の覇者となったイギリスは、第1次産業革命(1760-1820/40)を実現した。この革命は、手工業から機械工業への転換であり、農業社会から大都市集中社会への移行であった。

 ヴィクトリア時代(1837-1901)は、世界で最初の工業国となったイギリスの絶頂期だった。女王(1819-1901)と同時代を生きたF.N.1820-1910)は、病院の建築と衛生看護によって、イギリスとヨーロッパ、そして世界の健康に貢献した。

F.ナイチンゲールの生立ちとミッション

農業社会の中心だった貴族の二女として生まれた。豊かな自然に佇む広大な館に住み、地方を代表する政治家であった貴族は、健康・教育・娯楽などにおける最新の情報を伝える架け橋の役割を担っていた。ナイチンゲールは、社交シーズンをロンドンやヨーロッパで過ごし、父や知人のチュートリアル*など、男性に負けない幅広い教養を身につけた女性だった。

賓客が訪れる貴族の館の生活の中で、ナイチンゲールは幼少の頃から家族や使用人・地区の貧民の病気と死に関わった。17歳になったある日、神の啓示があり自分のミッションを深く考えるようになった。

『看護覚え書』が伝えるナイチンゲールの声

病気と死の苦しみから人々を救うミッションは、クリミア戦争までの長い道のりと栄誉、成果としての『病院覚え書』と『看護覚え書』の出版を経て、晩年まで続いた。大家族と隣人の病気と死から得た経験知、イギリスとヨーロッパの病院の見学とデータの分析、婦人病院の監督とクリミア戦争の看護。そこから導いた健康の法則を看護の法則とした。

劣悪な環境と感染病によって、大都市では2人に1人の乳幼児が死亡した時代に書かれた『看護覚え書』。乳幼児だけでなく、人々の命を救う看護の法則を語るナイチンゲールの声を聴こう。 [KK.HISAMA, 20020.5]

注・イギリス初、11世紀末に設立されたオックスフォード大学の教育は、今もチュートリアルが中心である。

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