読書コーナー(令和2年度)

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第4回 スーパー日本人論が語る「平和と民主主義」(後 編) 

『敗北を抱きしめて(上・下):第二次大戦後の日本人岩波書店2001John Dower, Embracing Defeat,1999

はしがき

 戦後隆盛した日本人論の最後を飾った『敗北を抱きしめて、今回は下巻を述べる。表紙のキャプションでは「天皇を固く抱擁し、憲法を骨抜きにし、戦後民主改革の巻き戻しに道をつけて、占領軍は去った。日米合作の『戦後』がここにはじまった。」

 下巻が述べる日米合作は、「日本の民主主義」「戦争の罪と裁き」「再建」である。戦後半世紀後に出版された本書は、多くの秘密文書から明らかにされた情報を取り込んでいる。残念ながら「去った」後の歴史は、エピローグで触れるくらいだ。

天皇制と憲法

 日本特有な戦後民主主義における天皇制と憲法は、マッカーサーを最高司令官とするGHQの占領下で生まれた。内容は「第四部 さまざまな民主主義」で述べられ、下巻の半分を占める。この部分は憲法改正の議論を進めるために貴重な資料である。

 読者は、戦後民主主義が日本の2600年の歴史の中で生まれ、外国人には理解できない特有な民主主義と気づく。議論の多い天皇制と憲法は、平和と人間関係を至上とする日本人の心情と深く関係している。

東京裁判をめぐって

 「第五部 さまざまな罪」は、茶番劇と批判される東京裁判で明らかにされる。裁かれ処刑された多数の日本人は、人種偏見や文化の違いによる犠牲者かもしれない。『菊と刀』の中で、ベネディクトは西洋の「罪と罰」に対して日本の「恥の文化」を指摘している。

恥の文化では、被告が反省することで刑が軽くなる。西洋の小説「ジャンバルジャン」は、「罪と罰」の厳しさを教える。また、死者の霊を大切にする日本の文化がある。グローバリゼーションが急速に進む中、迎合ではなく異文化理解の努力が一層重要であると思う。

エピローグから

天皇の声に始まった「戦後」は天皇の死(1989)によって終わったとする。著者は集団のイデオロギーにおける人種・文化・歴史である天皇制に抵抗感があり、日本の官僚的権威主義を批判する。しかし、国鉄の民営化(1987)、郵政民営化(2005公布)など、時代は大きく変化している。

エピローグ最後の二行が心に残る。「敗北の教訓と遺産は多く、また多様である。そしてそれらの<終>はまだ視野に入っていない」 [KK.HISAMA,2020.7]

第3回 スーパー日本人論が語る「平和と民主主義」(前 編)

『敗北を抱きしめて(上・下):第二次大戦後の日本人岩波書店2001John Dower, Embracing Defeat,1999

はしがき

 戦後半世紀に出版された数千とも言われる日本人論の最後を飾ったのが、『敗北を抱きしめて(上・下)である。終戦の日から連合軍(米軍)の支配下にあった期間に焦点を当てているが、半世紀が経ってから書かれた書である。膨大な資料に基づく1000ページに上る著書が、なぜ戦後半世紀を経て出版されたのか。更に出版から20年を過ぎた今、話題にするのはなぜか。

本書のあらまし

著者の日本研究は、ベトナム戦争で揺れた大学時代の日本文学に始まった。在日経験や結婚を経て、米国の大学教授として、幕末に始まった西洋化の歴史を研究している。それは、ペリー提督の黒船(1853)に始まり、マッカーサー元帥が君臨した統治(1945-52)が終わるまでの歴史であり、93年間続いた戦争の歴史でもあった。

本書の内容は、終戦から20世紀の終まで半世紀の歴史である。太平洋戦争は、日本中60の都市が徹底的に破壊され、広島と長崎への原爆投下で終わった。著者は、敗者となった日本人の負の面「悲惨・混迷・悲観・怨念」だけでなく、半世紀に渡る正の面「希望・回復力・構想そして夢」を、敗北した人々の目を通して見ている。

本書の上・下巻は、同じタイトルでも、異なる著書のような印象を受ける。今回は、多くの写真によって、敗者の悲しみと絶望、変わりゆく生活文化を語る上巻を述べる。

写真で綴る敗者と勝者

 敗北の歴史は、ハイライトとなる占領時代初期の写真から始まる。写真#1は、ラジオの前に集まり、初めて天皇の声を聞く農民たち。玉音放送には「降伏」「敗北」のことばはなく、「戦争行為の再肯定と、天皇の超越的な再確認」だった。続く3枚は、勝利を喜ぶアメリカ兵と、日本兵の捕虜となり飢餓状態の米兵である。

 占領を告げる調印式が行われた軍艦・ミズーリー号の写真は、勝誇る連合軍の群れと、大空に向けられた巨大な大砲の群れだ。圧倒される日本の代表団の姿や、玉音放送に集まった農民の写真とは対照的である。

次は日本中60の都市を徹底的に破壊したB29と、破壊された都市の写真4枚。原爆で壊滅した広島の風景を歩く兵士の後姿は、本書のカバー写真となった。戦後の「平和と民主主義」の歴史は、世界で例のない破壊と絶望に始まったのである。(続く)[KK.HISAMA,2020.6]

 

第2回 スーパー日本人論・グローバル社会における変化

船曳建夫『日本人論「再考」』(日本放送協会, 2003. 講談社,2010

はしがき

 新コロナの出現と拡大は、行過ぎた国際化とグローバリゼーションへの警鐘とも云える。子どもから大人まで、海外への旅行、研修・留学・会議が通過儀礼となった時代の寵児となった日本人論はどうなるのか? 明治以降に刊行され、戦後はベストセラーが続出した「日本人論の総決算」とされる船曳の書に、日本人論の行方を考察したい。

近代日本人のアイデンティティの不安

20世紀の終までに2000冊以上が出版されたとも言われる。なぜこれほど多くの日本人論が生まれたのか。船曳は、「アイデンティティの不安」を仮説として、代表的な日本人論に絞って立証を試みている。アイデンティティとは何か、なぜ不安となるのか。

他者との関係で生きる人間は、両親・家族・親戚など血縁関係、隣人から国家までの集団の一員。アイデンティティは、集団の中の自分であり、個人主義の西洋心理学(Eric Ericson)で重要な概念で、小学校を終える12歳頃から成人期の間に確立する。

アイデンティティの不安は、未知の文化や新しい集団の中で起こる。日本人のアイデンティティは、黒船の到来と続く西洋化の中で意識された。明治時代に始まった日本人論の著者は、外交や留学など外国経験をした人、個人が経験したアイデンティティの不安が動機だった。

これまでの「日本人論」

 船曳によると、明治時代から20世紀の終わりまでの「日本人論」は、「対西洋」のナショナリズムを支える「安定剤、応援歌、鎮魂歌」であった。グローバリゼーションの中で、ナショナリズム自体が世界的に変貌している今、日本人論は「対西洋」から「対アジア」へ転換するのか、不要になるのか。その答えは、これまでの「日本人論」から発見できるかもしれない。

船曳は時代を、‘清・日露の高揚期、∪鐐阿慮瓢だった時代、戦後の経済発展の時代に分類。スーパー日本人論の内容は、明治憲法の国民、昭和民主主義的臣民として、〇毀院↓⊃人、J譴肇殴ぅ轡磧↓ぅ汽爛薀い肇汽薀蝓璽泪鵝↓ァ嵜祐屐彳本人、としている。

これからの日本人論

西洋化の中で意識された「アイデンティティ」の概念は、日本と西洋文化の民族との違いを浮き彫りにする。民主主義と平和を目標とした戦後の歴史は、アイデンティティの不安に向き合う「日本人論」が必要だった。言語と文化(=生活の全て)が画一化していくグローバリゼーション時代、アイデンティティはこれからの日本人論を考察する上で重要な概念である。(続く)[KK.HISAMA, 2020.5]

 

 

第1回 スーパー日本人論・導入編

南 博 『日本人論:明治から今まで』(岩波書店,1994)
船曳建夫『日本人論「再考」』(日本放送協会, 2003. 講談社,2010)

はしがき

 私は長い間、日本語・日本文化から遠ざかっていた。帰国後ある外国語大学のキャンパスに住むことになり(1994−2001)、夢中で日本人論の著書を読んだ時代がある。多くの日本人論が書かれ、世代を超えて読み継がれるのはなぜか。日本人論を総括した、スーパー日本人論とも言うべき書籍を二冊紹介する。

日本人論ブームの元祖による「スーパー日本人論」

 明治から平成時代(1994)までに、およそ一千数百冊の日本人論の本が出版されたという。著者は何らかの形で外国経験者。明治以前の日本人の記録は、来日した宣教師や外国人によって書かれている。

 戦後起こった日本人論ブームは、社会心理学を専門とする南 博(1918-2001)が火付け役らしい。南は戦時中(1943)にアメリカに留学し博士号を終えたが、帰国の許可を得られなかった。帰国後(1947〜2002)に、社会心理学者として数々の日本人論を発表した。晩年の著書『日本人論:明治から今まで』(岩波書店、1994)は、それまで日本で出版された千数百冊の日本人論から500編をまとめた書である。

クリティカルシンキングを求める「スーパー日本人論」

 南によるスーパー日本人論が出版されてから10年後に、イギリスで博士号を取得した人類学者・船曳建夫が、『「日本人論」再考』(日本放送協会、2003)を出版した。南の日本人論を「スーパー日本人論」第1号とするなら、船曳の書は第2号。日本人論を通して、変わりゆく日本人・日本文化を考察する書である。

 著者と読者を「日本人論へ駆りてる」のはなぜか。船曳は、理由を「日本人の不安」として、代表的な日本人論に絞って考察している。しかし、戦後60年が経ち、不安を感じない世代が生まれているとして、「日本人論を必要とした日本人の終わりが始まっている」とも言う。

おわりに

 21世紀へ入り20年、10年前に起こったスマホの到来、5Gなどインターネットの躍進、新コロナの脅威など、日本人論にどう影響するのか。次回からは、これからの「日本人論」を、過去の日本人論の進化と共に顧みたい。 [KK.HISAMA, 2020.4]

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