第5回 平成から令和へ:戦後の皇室から学ぶこと

第5回 平成から令和へ:戦後の皇室から学ぶこと

はしがき

 遥か昔、日本は長い武家政治を終え、天皇を頂点に、西洋の貴族社会を真似た階級制度さえ取入れた。明治時代になると、国民は皇族の洋装に西洋化の夢をふくらませた。時代は大正・昭和へと進展したが、世界経済恐慌や二回の世界戦争によって、国民は貧しい生活を強いられた。

マイカー・海外旅行など経済成長の恩恵を受けたのは、東京オリンピック(1964)の頃から。『日米会話手帳』以来の第二次英語熱が高まった時代である。私はその年に渡米し、平成七年に帰国したが、まもなく令和初の新年を迎える。

昭和後期の経済大国から平成大災害の時代へ

最初のオリンピックから四半世紀が過ぎ、日本は経済大国となり平成時代を迎える。時代名とはうらはらに、阪神・淡路大震災(1995.3)は大災害時代の到来だった。即位30年を迎えた平成天皇は、自らが高齢社会のシンボルとなり退位、令和時代が始まる。平安朝を思わせる即位の儀式は、国民のアイデンティティで、「君が代」が象徴する万世一系の皇室の姿ではないか。

私は新世紀の大学教員として、長崎県の半島の半島・島原半島の老人ホームで研究する機会があった。古い民家だった神棚の近くに、昭和天皇の写真が飾られていた。

皇室におけるキリスト教教育と英語

終戦から間もない皇室を語る二枚の写真がある。一枚は、シャツとパンツ、ノータイのマッカーサー元帥と正装の昭和天皇が並ぶ。他は、当時の皇太子と家庭教師・ヴァイニング夫人写真だ。

厳しいクエーカー教徒のクリスチャンだった夫人は、皇太子と兄弟姉妹に英語を教えキリスト教に基づく教育を四年間担当した。英語が進歩しないため、外国から多数の少年を招待し、要人との会話の場を作った。一方、妃となった美智子さまは、多感な中・高校から大学まで、カソリックのシスター達からキリスト教による教育を受けている。

皇室から学ぶ日本人の英語コンプレックス

占領下の写真から恒間見える英語コンプレックスは、外国語ができるお妃選びに反映されている。昭和天皇の子から孫へと、お妃の外国語能力は高まる。ひ孫はキリスト教大学で学ぶ。ことばは文化、文化はその国の宗教と歴史を母体とする。母語と外国語、背景となる文化の乖離に適応できない心の病は、国民にも共通する深刻な問題である。

結 語

外国語を学ぶ、外国へ行く前に、ことばの礎となる宗教と文化を学んでほしい。皇族から国民まで、外国人が「奇怪」と思う日本人の宗教観に気づいてほしい。ネットが明かす戦後の皇室の苦悩から、日本人にとって、幸せな未来を拓く外国語教育とは何かを考えてほしい。[KK.HISAMA 2019.12]

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