第5回 英語公用語化について:小学校英語の必須化を目前にして

第5回 英語公用語化について:小学校英語の必須化を目前にして

 

はしがき

本セミナーで、2010年以前の論考と思われる経済学者・飯野公一の「英語公用語化論を再考する―言語政策の国家的議論を」を考察したのは5年前。しかし、過去十数年における人工知能の急速な発達を支えた脳の画像研究は、外国語教育の大改革を迫っている。

ことばはシンボル、小学生までは母語でさえ生活環境の中で五感を通して学ぶ必要がある。認知機能が発達途上にある児童の外国語教育は、外国語が国家の公用語として学校や職場で毎日使用されることを前提とする。

今回は「日本語が亡びるとき」の著者・水村美苗の「第7章・英語教育と日本語教育」を中心に英語公用語化を再度考察する。家族と共に12歳で移住し、自己のアイデンティティと闘いながら英語を学び、国際社会で日本文学者として注目される水村の洞察から学ぶことが多い。

日本における英語公用語化の歴史

 歴史に残る有名な動きは二回。最初は西洋の衝撃を発端とする明治維新直後の森有礼の「英語採用論」、二回目は今世紀の初年度に出た船橋洋一の「あえて英語公用語論」である。

 森は元薩摩藩士で明治維新後の初代文部大臣。日本語を廃止して英語を日本の国語に定めようとした。小渕総理の時代に起こった「英語公用語論」の元祖とされる。森は日本の近代教育に貢献したが、過激な思想に反対する国粋主義者に刺殺され43歳で没した。

 船橋はA新聞のコルムニストで、21世紀の英語公用語論における中心的な主張者。学問やビジネスの世界だけでなく、国連や国際活動において普遍語となった英語が出来ない日本人を憂う書だ。英語が下手な日本人が如何に国益を損なっているか、国際現場の実情を如実に述べている。

 いわく、企業との紛争における渉外弁護士の仲裁不能、防衛外交に重要な予防や政策対話不能、国際会議で発言できない政治家等々、日本人の「言語的孤立」による暗黒の現状と未来が浮き彫りにされている。

英語公用語化の表と裏

 ほとんどの国民は生活言語でない英語の公用語化など毛頭にない。水村は立ち消えとなったと見える公用語化が再燃する可能性を見る。それどころか、小学校英語必須化の実現は、公用語化を推進する船橋と同じ憂国者たちの熱意によるものだ。

 彼らは無策の政府に代わって、日本人の英語力を高めたいのだ。「もっと英語を、もっと英語を」の大合唱によって、小学校英語の必須化を実現したのである。

すなわち、日本の英語教育は「表」で公用語化を否定し、「裏」では、英語を公用語として母語を滅ぼす旧植民地国家の道を歩もうとしているのだ。国益に資する人材を育てるどころか、子どもたちの健全な脳の発達を妨げるだけだ。今は旧植民地国家が自己のアイデンティティを取り戻すため、小学生を中心に母語を守る外国語教育に転じていることも知らずに・・・。

おわりに

次回は、国益に資する人材を育てるための日本人の英語教育について、叡知ある人々の意見と、憂国者たちが知らない最新の情報を述べる。[KKHISAMA,2019.9]

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