第4回:コラム「アルフレッド王の物語」から(その2)

第4回:コラム「アルフレッド王の物語」から(その2)

 

はしがき

 前回はヴァイキングの侵入によって根こそぎにされた英語文書を再現したアルフレッド王(在位871-899)について述べました。しかし、地方王が支配するイギリスは、常に外国から攻撃される危険がありました。

最大の危機は、イギリス海峡を隔てたフランス・ノーマンディの支配者・ウィリアムが率いる大軍の攻撃でした。ウィリアムは強力なイギリス王(1066-1087)となり、英語は三百年も公用語としての地位を失ったのです。

英語の試練と復活の歴史

 ウィリアムはフランス語とラテン語を教会と政治の場における公用語とし、英語は家庭や遠い地方のことばになりました。当時のフランス語は、世界の外交や交易の公用語で、フランス語の単語はイギリス全土に広まりました。

 フランスの支配が150年続いた頃は、英国人と結婚し、イギリスを祖国と考えるフランス人が増加。子どもたちは、イギリス人の母親や乳母から英語を学びバイリンガルになります。一方、ロンドンの人口が急増し、技術者は仕事でフランス語を話すようになりました。フランス語こそ、勝者のことばと考えられたのです。 

黒死病が英語の歴史を変える

 その頃小さなねずみが媒介するチフスがヨーロッパに広がっていました。イギリスでは教会や政治に関わり、フランス語やラテン語ができる要人が次々に死亡、英語を話す庶民が彼らの職位につきます。

 黒死病を逃れたのは田舎の農夫や、スコットランドなど遠い地方の住民でした。彼らは英語を話すだけでなく、英語の歌や物語をひそかに継承していました。英語は庶民のことばとして、文法はわかりやい形に変わって行ったのです。

 黒死病によって、支配者を中心に最大で人口の三分の一が死亡、英語は「国王のことば」として再び公用語となります。英語によって確かなアイデンティティを得た国民は、エリザベス女王の元に結束し、「太陽が沈まない」世界制覇へと躍進していきます。

コメント

 日本と同じ島国で、英語は外国語の危機を乗りこえ、庶民のことばとして磨かれて行きました。今では世界で最も広く使用されている英語は、イギリス国民の母語への愛着とアイデンティティによって支えられた歴史の賜物と言えます。

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