ナイチンゲールに学ぶ看護のこころ

ナイチンゲールに学ぶ看護のこころ

 

はしがき

来年はナイチンゲール生誕200年、世界看護師協会(ICN)を先頭に、各国の看護団体が祝賀の企画を進めている。他に忘れてならないのは、1912年に設立され1920年以降フローレンス・ナイチンゲール記章(The Florence Nightingale Medal)を与えている国際赤十字委員会である。

残念ながら、戦争は絶える兆しもなく、地球の温暖化など自然災害は増加の一方。加えて医学の進歩による延命機器がもたらす病人の増加がある。安らかな死へなど、ナイチンゲールが教える自然を敬う看護が求められる時代である。

記章の設立と歴史

記章の受賞者は1512人に達し、日本の看護師の受賞者は110人。日本の看護が世界的に評価されていることがわかる。初期には紛争や災害の犠牲者の看護に当たった女性だけだったが、今は男性も含め、広く公衆衛生や教育者の中から「創造的・先駆的」な貢献をした人も対象となる。

今から一世紀前の生誕100年、記章の授与が始まった頃のアメリカでは、すでに反ナイチンゲールの風潮が始まっていた。広大な国土で働くアメリカで、過疎地のナースは田舎医師の役割が求められた。又、ナイチンゲールが求める道徳的な規律にしばられない心の自由が欲しかったようだ。

ナイチンゲールと日本の看護

 今も年長者の多くは看護と言えば、ナイチンゲールを語る人が多い。日本の看護教育は、近代化の中で、ナイチンゲールの思想に深く影響された。

しかし、二つの世界戦争で救助活動をした赤十字看護師の中から、多くの犠牲者がでたことも事実である。大東亜戦争ではすべての主要都市が破壊され、反ナイチンゲールの風潮が看護界を覆っていた。

戦後の看護教育を始め病院看護を指導したのは、アメリカ軍所属のナースたち。日本の看護師たちは、彼らのすぐれた看護技術に感銘した。私が渡米したのは、そうした反ナイチンゲールの時代であった。

渡航先のアメリカでは、ヴェトナム戦争が終り、新たな自由の時代が到来。法律によって、マイノリティや女性の区別が次々と取り除かれた。看護師の大学教育が始まり、大学院では学問としての看護が重要となった。(以下、次回に続く)[219.6 KK.HISAMA]

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