第2回 佐賀藩栄光の歴史と「日本人の英語」:前 編

第2回 佐賀藩栄光の歴史と「日本人の英語」:前 編

はしがき

明治維新のルーツは、江戸(現・東京)から遠い九州・四国の藩と本州の西端長州にある。九州では、幕末維新150周年の祝賀ムードがあふれている。この記念すべき年に「日本人の英語講座:幸せな人生のための学習ガイド」が出版された喜びを次のように述べている。

 謝辞:あとがきにかえて 明治維新一五○年という節目の年に、幕末・維新という変革の中、日本民族の生存と独立を護り抜くために貢献した佐賀藩の地で本書を出版できたことは望外の喜びです。英明な藩主・鍋島直正が大切にした生きた武士道「葉隠」と英才教育の伝統は、今も息づいています。本書が、グローバル社会における「日本人の英語」に貢献できるよう心から願っています。

「さが」と私の個人史

 秋田県生まれ、20歳頃の私は佐賀が九州西端の県というほどの知識しかなかった。初めて佐賀を訪れたのは、高校を卒業して東京で進学、そこで出会った佐賀男児と婚約した後。しかし、結婚数年後には一家で渡米、本当の佐賀を知ったのは、滞米生活30年を終えて帰国してからである。

 佐賀を内から眺めると、故郷と似た美しい自然の中に、同様な品格と歴代の藩主が培った豊かな精神文化を感じた。父は士族ではないが山地主の生まれ。往時を窺わせる馬小屋が並び、分家がいくつかあり、一緒に親戚まわりをした。両親は父が4歳のとき亡くなった。財産がない父は、師範学校の難関を突破して田舎教師に。正真正銘田舎の青少年教育に捧げ、親類や同僚が困ったときは親身に世話をしていた。

 家庭では男女の区別をしなかった。父の秘蔵っ子だった私は、父が理想とした人物像を目指して学問に励んだ。葉隠れの発祥地「さが」は、学究肌の私の理想を叶えてくれる。 

佐賀藩の栄光と暗転の歴史 

佐賀藩の栄光と暗転については、毛利敏彦が「幕末維新と佐賀藩:日本西洋化の原点」に学問的かつ論理的に述べている。佐賀藩は十代藩主・鍋島直正の熱意によって、日本で初めて鉄製の大砲と蒸気船の製造に成功。黒船でペリー艦隊がやってきた以前の快挙で日本の独立に大きく貢献した

大隈重信や江藤新平など佐賀の賢人たちは、明治政府の重要な役割を担った。しかし、政治的な争いの中で起こった「佐賀の乱」によって、佐賀藩は西端の一地方に格下げされた歴史がある。直正の期待を一身に集めた佐賀藩の天才・江藤新平の死刑はなぜ起こったのか。

次回は初代司法卿で人権の基礎を築いた江藤なき後に、新生日本が突進した太平洋戦争への道を英語教育史の視点から考察したい。[KK.HISAMA, 2018.7]

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