ヘンリー王子の結婚式に思う(その2)

ヘンリー王子の結婚式に思う(その2)

はしがき

 前回はヘンリー王子の結婚相手の選択について述べた。離婚経験のある36歳のアフリカ系アメリカ人女優メーガンさんは、母ダイアナの死後20年も続いた「心の病」の解決という意味があるようだ。今回は、結婚式のかたちと、その先について国際比較をしたい。

結婚式のかたち

 明治時代から、日本女性にとって西洋は漠然とした「あこがれ」。キリスト教によるミッションスクールから英語熱、結婚式まで、「あこがれ」を現実のかたちにしてきた。結婚式は、キリスト教が求める厳しい戒律などの精神性は考えていない。

 アメリカで生活していた頃に訪日、地方都市で岡の上から教会の塔をみた時のこと。

「ああ、日本人もキリスト教徒が多くなっているのだ」と宗教心に感動。後に教会ではなく単なる結婚式場とわかり卒倒するほど驚いた。今はそんな教会が日本中にあり、結婚式では牧師に早変わりの白人男性が出席して結婚式が行われるとか。

 ウェデングドレスに合わせて男性は白いタキシードを着る。しかし、二人を祝福するために同じドレスとタキシードを着て並ぶ男女のグループ(どちらも5-10人で構成)は見られない。正装した可愛い幼児の姿もない。招待された人が多額の現金を支払うのも日本の風習(外国ではお祝いの品だけ)。これでは演出された商業主義の結婚式である。

長い結婚生活を支えるキリスト教の戒律や祝福するコミュニティに欠けている違和感は、今も私の心に残る。しかし、団塊の世代に聞いてみると、このかたちが日本人の正式な結婚式と信じて疑わない。

結婚の先にあるもの 

 「同じ羽毛の鳥が集まる」という言葉があるように、多民族が生活するアメリカでも同じ民族・又は、同じ階級の交流が自然である。夫婦の人種が違う場合、子どもたち(中でも男の子)は並々ならない心の葛藤を経験するようだ。

中西部の小都市で豪農の息子で市長だったK氏は、東部の大学で出会った中国系の女性が妻。二男一女が生まれ理想の家庭に見えた。市長は名誉職で無給。夫人は家業やスーパーの経営だけでなく、政治家の妻として大変な努力をしていた。女の子は父ゆづりの金髪で白人の容貌、二人の男の子は黒髪で目の細いアジア人。子どもたちがティーンの頃、この結婚は破錠した。異民族のるつぼであるアメリカでさえ人種の壁は厚い。

おわりに

 幸福な結婚の鍵は、二人だけのものでなく社会の中にある。グローバル社会の結婚は、情熱と常識と理性のバランスが求められる。[KK.HISAMA,2018.6] 

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