第1回 幕末・維新150周年を迎えて

第1回 幕末・維新150周年を迎えて

はしがき

 徳川幕府の政権下、外国への窓となった長崎県と護衛を担った佐賀県。幕末には欧米先進国による植民地化の流れを変えることは不可能となった。幕府はペリー総督の二度目の訪問によって日米和親条約を締結(1854.1.14)。「以後、開国か攘夷か」の長い対立と戦いが続いた。本年度のセミナーでは、19世紀のグローバル化の意味を問い、21世紀のグローバル化を考察したい。

幕末・維新という時代

 幕末期は、西洋先進国が国家のアイデンティティを重視し、世界に植民地を求めた時代であった。アジアの国々は植民地となり、国民は西洋語を学び、西洋化の道を歩むことになる。一方、徳川幕府は鎖国命令をだして、断固として西洋化に対抗した歴史がある。しかし、幕末・維新史を振返るならば、日米和親条約の締結は、徳川体制の終りの始めだったと言える。

開国を「克服路線」攘夷を「抵抗路線」とするなら、明治維新(1868)の実現は、「克服路線」の勝利と言える。中心は薩長(薩摩=鹿児島県西部、長州は=山口県西部・北部)の武士と平民である。幕末・維新のルーツは、首都・東京から遠い九州・四国の藩と本州の西端長州。九州では、幕末維新150周年の祝賀ムードがあふれている。

しかし、複雑きわまる幕末・維新の歴史を多角的に分析するならば、それが真の維新だったのかという疑問さえも残る。今世紀になって出版された『幕末史』(半藤一利、新潮社、2008)など新しい書は、維新の考えかたに多くの疑問を投げかけている。新教徒が北米大陸へ移住して始まったアメリカの歴史において、原住民のことばと文化が根こそぎにされたように、明治維新は攘夷派にとって過酷な歴史であった。

グローバル化という維新を考える

アメリカでは、原住民を「インディアン」と呼び、すべてを奪った過酷な歴史が見直されている。明治維新から一世紀半が過ぎた今、グローバル化という「維新」が世界レベルで起こっている。グローバル化への「抵抗路線」は、民族のアイデンティティを護ろうとする過激派によるテロ活動。トランプ政権に始まり、欧米先進国も行き過ぎたグローバル化に歯止めをかける政策が台頭している。

グローバル化は、島国という環境によって護られてきた日本も例外ではない。日本語について言えば、明治初期に始まった英語公用語論は今日まで続いている。英語公用語論は、開国の外圧によって始まった幕末戦争とは違う。しかし、ことばは文化、国を挙げての「英語」教育は、日本語と日本文化への脅威である。

おわりに

長崎で護衛を担った佐賀藩は、世界の政治・文明の情報をいち早く得ることができた。情報こそが国家の安全保障となり得る。それは国を挙げての英会話教育とは違う。本年度のアセナセミナーでは、明治維新の真の意義を見直し平和日本の未来を考えたい。明治維新の重要な役割を担った佐賀にある本研究所にふさわしい研究テーマと考える。[KK.HISAMA, 2018.4]

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