第3回 英語教育:日本語は死語となるか

第3回 英語教育:日本語は死語となるか

世界を広く見渡すと、何万・何十万もあった民族のことばが、今では六千語ほどに減少し、更なる淘汰が続いています。世界語とされる英語でさえ、何回か絶滅の危機に遭いました。グローバルという地球規模の競争社会では、どんな言葉も死語となる可能性があります。英語を例に考えて見ましょう。

英語の歴史

英語の始まりは、西暦五世紀頃、少数のキリスト教徒が、北西ヨーロッパからブリテン島へ移住したときのオールド・イングリシュ。先住民だったケルト民族は、この新参者によって逃走か同化か殺害かの危機に追い込まれ、彼らのことばと文化は永遠に失われたのです。

ところがオールド・イングリシュも、外部からの侵入者によって何回か絶滅の危機に遭いました。最大の危機は、フランス・ノルマンデーの支配者・ウイリアムの征服。英語はフランス語・ラテン語の陰で、三百年も公的な場から消えてしまったのです。

絶滅の危機にさらされた英語がどのように生き延びて、イギリスの公的言語となり、やがて世界語となったのか。また、わずかな清教徒の移住に始まり、やがて世界の経済・学問分野をリードするアメリカ合衆国発展の礎となった英語は、どのように多文化社会の移民を結束させる「母語」に育てられたのか。

英語教育の危機

小学校英語教育の現状は、外部の侵入から守られて高度に発達した日本語と日本文化を、自らの手で弱体化・壊滅への道へ導く可能性を内蔵しています。日本人が必要なのは、グローバル社会の有益なツールとしての外国語。世界語としての英語が果たして国家繁栄のツールとなるのか。それとも日本語の弱体化・消滅をもたらすのか。果てはこれまでと同じく国民の多大な時間と費用の無駄使いに終わるのか。

 人間の持つ汎用性やディープラーニングを目指す人工知能は、母語(=自然言語)でない外国語学習を根本的に変えようとしています。三十年前に臨時教育審議会(1986)の答申に始まったものの今日まで停滞している小学校英語。論争に関わった有識者はもちろん、実践を担う教育委員会、教員、保護者の間には大きな不安が広がっています。人工知能の進歩は、先の見えない小学校英語それと連携する中・高・大の英語教育に歴史的パラダイムシフトを迫っているのです。

結 語

小学校英語の「必須化」という一大変化の中今こそ、国家繁栄のための英語・外国語教育を成功させる国民の総意が問われています。

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