日本人の英語講座 第8回 英語に征服されたエスキモーの言語と文化(後編)

日本人の英語講座 第8回 英語に征服されたエスキモーの言語と文化(後編)

ことばの力における光と影

アメリカにおける初期の移民政策は、欧米の白人と、農業に必要なアフリカの黒人が中心でした。しかし、二つの世界戦争を経て、移民の受入れは世界に開かれていきます。急速に進行したグローバリゼーションによって、アメリカだけではなく世界各国で多民族化が進んでいます。民族の争いによる難民が世界中に流出し、二〇世紀は「遊牧民の時代」となりました。

移民大国アメリカが、経済大国となった理由の一つは、建国の時代に、人種も国籍も違うすべての国民が、すぐれた英語教育を受けたことです。それは小さな田舎の小学校で一人の女性教員が書いた教科書から始まりました。この伝統は後に、津津浦々の小学校に始まり、全国レベルで小学生が競う「スペリング・ビー」のコンテストに見ることができます。

日本人のことばの力

 一方、アフリカやアジアの植民地国家では、数百、数千のことばが使われ、共通の言語がないのです。日本は、東洋の果てにありながら、外国の文化と外国語を学びました。古代は、当時世界の先進国だった中国の文化を学び、後に欧米の文化を積極的に輸入しました。日本人にとって、外国語は文化を輸入する手段であり、自ら選択できたのです。地理的に外国から守られ、独自な日本語・日本文化が発展しました。明治政府が世界に先駆けて導入した義務教育において、小学校教育は標準語で統一。わずか半世紀ほどで欧米先進国レベルの国家を実現したのです。

おわりに

 今では、地球規模のグローバル化によって、世界中で多くのことばと文化が失われています。今、日本では小学校英語をめぐる論争が続いています。ことばと文化、そして、時の流れという視点から、誰が、いつ、どのように外国語を学ぶかについて、国民ひとり一人が真剣に取組むべき時代です。[KK.HISAMA 2017.3.10]

©2015 athena international research institute.