日本人の英語講座 第6回 日本人の英語力を考える

日本人の英語講座 第6回 日本人の英語力を考える

 

はじめに

「学校の優等生は社会の劣等生」・・・小学校から女学校まで優等生のトップで、後に田舎教師となり多くの生徒たちの人生を知る母が、戦後の苦しい生活の中でつぶやいていた言葉です。この言葉は戦後の英語教育にぴったり。つまり、テストの高得点を目標とする日本式英語教育の優等生は、グローバル社会で役立つ英語力の劣等生。せめて「普通の英語力を」という悲願は、若い母親からビジネスマン、退職者まで広まっています。

日本人の悲願をビジネスにする動きは早くからありましたが、コミュニカティヴ英語が叫ばれた1970年代から急伸。その陰には、教育行政が打ちだしたJETの採用、JET在留者・彼らの家族による英語ビジネスの拡大があります。小さな田舎の町まで英語教室が点在、学童の海外英語研修も盛んでした。今では、英語産業に奔走され幻滅した人は、辺鄙な田舎まで数多くいます。

効果が見えない英会話教室・海外研修に代わり、英語ビジネスはインターネットの世界へ。外国人教師の斡旋も広く行われ、英語産業は学校教育にまでシェア拡大しています。小学校英語が現実となった現在、英語教室は子どもの年齢をどんどん下げて、日本人による日本人がわかる英語のマーケットを拡大しています。

こうした英語教育の現状は、日本人の英語を真剣に考える教育者にとって憂慮すべきことです。なぜなら、英語不安は教員からビジネスマン、乳幼児をもつ母親たちにも広がっているからです。残念ながら、国民の不安を和らげようとする行政と英語産業の威力の前に、良心的な教育者たちの見解など風前の灯です。脳神経学の研究から言えば、不安は言葉を話すための最大のバリアです。このことは、サルに英語を教える研究でも明らかでした。英語の芽を育てる第一歩は、温かい人間の絆を築くこと。この役割を担うのは、一日の生活を共にする両親や学校教員です。

英語教育の現状を見ていると、アメリカの住宅地に見られる芝生を思いだします。絶え間なく世話をしないと、雑草がどんどん生え、芝生は衰退します。芝生が雑草に代わる姿は、自分の家を誇りに思う隣人たちのコミュニティが衰退していることを示しているのです。芝生を守るのは我が家と周りのコミュニティを大切にする家主のたえまない努力です。

今こそ、国民一人ひとりが英語教育について真剣に考えるべき時です。日本人の英語という美しい芝生を育てるために、いま、何が必要なのでしょうか。これに関しては、「英語力の三つ巴」という視点から、科学的に検証していきます。次回につづく [KK.HISAMA 2016.10] 

 

 

©2015 athena international research institute.