生きるための英語力

生きるための英語力

 英語も一つの外国語、日本人は古代から韓国・中国、そして遠い諸国との交易のために外国語を学び、外国の文化を積極的に受入れてきました。鎖国時代には西洋医学を学ぶためにオランダ語、後にドイツ語も学びました。すべては生きるためです。ところが、英語の場合は様子が違います。全国民による英語学習は、敗戦国日本に対する戦勝国アメリカの政策によるもので生きるために学んではいない。急増する子ども英語も、親の英語コンプレックスからで、子ども自らが生きるためではないのです。

 英語教育の最大の成果は、単語を同化した和製英語。英語が必須科目になった当時の新制中学一年生は八二歳、大学生は九〇歳近い今では、高齢者の運転免許試験にある記憶テストはカタカナ英語が大部分。感性を伝えるカタカナ英語は和製英語として、毎日の生活の中で使われ日本中で通じます。英語が日本語を豊かにしているのです。

日本はアジア諸国の中で唯一植民地化を逃れ、いち早く西洋文化と技術を学び、日本語だけで高等教育ができる稀有な非西洋国家。一方、植民地化された国家では、西洋文明を発達させる最大のバリアは言語が多いこと。広大なアフリカ諸国やインドでは、一つの国家では無数の言語があり、英語やフランス語のような標準語がない。西洋の高度な学問を国語に翻訳することが困難で、英語やフランス語を公用語とする教育なのです。

 日本人はすぐれた翻訳によって西洋の思想・学問・技術などすべてを国語で学ぶことができます。外国の文化や技術を同化した今、多くの日本人は外国語を生きるための言葉と考えない。この考え方は国土の安全保障が可能だった時代の発想であり、急速に進むグローバル化には対応できない現状があります。グローバル時代の日本人にとって生きるための英語力は、先進国日本の高度な学問や技術やユニークな日本文化の発信から始まる時代。発信する英語力は、スピーキングに始まり、それをベースとする「書く力」です。

では、なぜ発信する言語が「生きる力」になるのでしょうか。それは豊かな生活を保障するための経済です。豊かな経済は、日本だけではなく、世界中の政治家と国民が最大の目標として掲げています。「豊かさ」の指標は、時代や国家と個人によって大きく違いますが、共通点は国民が望む「グローバル社会における安全で幸せな生活」。今では「ビジネス界の世界語」とされる英語、生活の安全保障として「生きるための英語力」が求められているのです。[KK.HISAMA 2016.1]

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