読書コーナー(平成20年度)

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第8回 死を論ずる先駆的な書二冊:フランス語と日本語

  •  自死という生き方:覚悟して逝った哲学者、須原一秀、双葉社、2008
  •  La Mori、モーリス・メーテルリンク、1913.(山崎剛訳:死後の存続、めるくまーる、2004)

 

 世界一の長寿国となった日本人の自殺率は高く、今、国際社会から日本人の死生観が問われている。時代的に言って二冊の書は一世紀を隔てて出版されたが、どちらも死に関して時代を先取りした著書である。メーテルリンクと言えば、ベルギー・フランス語圏の詩人・劇作家である。不滅の童話劇『青い鳥』(1908)を発表し、五年後に発刊されたLa Mori (1913)は、既存の宗教に囚われないで死を論じて好評を得た。しかし、キリスト教を真っ向から批判しているために、ローマカソリックによって彼のすべての著書が禁書となった。最初の日本語訳は栗原古城による『死後は如何』(1916)である。
 神秘的な劇作家として知られるメーテルリンクの死の思想は、次の最終文に凝縮されているように思う。「いずれにせよ、私は自分の最悪の敵にさえ、たとえ彼の思考が高さと力の点で私の千倍優っていたとしても、人間である彼がその根源の神秘を暴き出し、そして完璧な理解に至れるような世界に永遠に住まわせるほど残酷な刑を科したいとは思わない」。明らかにキリスト教や他の一神教を批判している。
  メーテルリンクは人間が死を恐れるのは、死を苦しみと連結してしまう「医者と坊主」が悪いのだという。医者は延命によって苦しみを長引かせ、坊主は人間を罪人とか凡夫として苦しめる。病気の苦しみは生の苦しみであり、病気と死とは次元が異なる。メーテルリンクの考え方は、何世代にも渡って家畜の病気と死に向かい合って生きているアフリカの牧畜民族が大切にする死の思想と共通している。なぜなら、病気は治る場合も多いし、治らない病気の苦しみは死によって終わることを知っているから。死のたった一つの恐怖は未知の領域への恐怖であるとして、メーテルリンクは宇宙や無限の世界にある壮大な神秘に目を向けるように我々をいざなう。
 メーテルリンクが世界的な作家であるのに対し、須藤はほとんど無名の哲学者である。年間自殺者が三万人を超える日本で、自死は稀有な行為ではないし、貧しかった日本の歴史は、新生児や老人、武士たちの死で満ちている。高齢社会は先進国共通の現象であり、西洋でも高齢者の自殺は予想以上に多いのが現実である。須藤の自死も一人の老人の死でありながら、なぜ彼の著書が話題になったのかを考えてみると、他者がひそかに行なっていることを、親しい友人に話し、死に向かう自己の気持ちを記録していたこと。そして自分が覚悟できたのは、葉隠武士道があるためだとして遺書のタイトルを『新葉隠』としたことなどがある。須藤が「個人が集団のために死ぬこと」についての新たな問題提起をしたことに意味があるのかもしれない。
 『葉隠』の真価が見直され、多くの研究者が武士道書である『葉隠』は、むしろ生きる勇気を与える書であるとしている現在、須藤の書は西洋の学問や哲学に徹しながら、日本人の哲学の真髄を本当に理解できない世代を代表するように思う。彼らはメーテルリンクのように生と死の次元を明確に区別しないために、死を忌み嫌う人々の感情を強化するだけであろう。他者の死に出会い深い感動を経験した人々は、自己の人生を誠実に生きた人の最後にくる死が、その人の人生における最も荘厳な瞬間であることを知っている。メーテルリンクが死の次元を追及してからすでに一世紀になろうとしている。彼の死生観は名作「青い鳥」と同様に読者を神秘の世界に導く不朽の書である。2009.1 KK. HISAMA
  

第7回:天真爛漫な開国期の日本人

  • 欧米人の見た開国期日本:異文化としての庶民生活、石川栄吉、風響社、2008.3

 出版界における特異な現象の一つは日本人論が多いことである。日本人論の始まりは一六世紀半ばから来日したキリスト教宣教師によるもので、以後、多数の欧米人や日本人、近年はアジア人も参加し、その数は年間数百冊にのぼる。この現象の背景にあるのは、自分たちのアイデンティティを求める日本人の姿ではないか。

本書は開国時にやってきた外国人の目に映った日本人論でありながら、次の点でユニークである:1)オセアニア民俗人類学者による手書きの遺稿であったこと、2)天真爛漫に生きる庶民の記録を選択したこと、3)、欧米先進国の高官たちがあたたかい眼差しで観察していること。今では世界有数の先進国となった日本人にとって、開国期の日本人は異民族のようにさえ思われるであろう。文献を駆使した学術書でありながらユーモアにあふれ、読者は思わず笑いがこみあげる愉快な著書である。
 内容は全九章に整理され読みやすい。日本人の容姿、お歯黒やお風呂の習慣、混浴など性に関するおおらかさ、武士社会の男尊女卑、服装や食べ物、子供の躾や礼儀まで、詳細に書かれている。仏教に関する洞察はするどい。修道僧は禁欲主義を守るため、女性を「わな」、「不浄」などと軽視し、地位を低くしている。しかし、仏教の戒律はあまり守られていないばかりか、仏僧が売春行為をしていることまで聞き出している。上流の女性はハーレムのように軟禁されているが、庶民の女性はよく働き、よく遊び、東洋では一番地位が高いという。お歯黒は墓穴のように醜く、結婚した女性の人権を無視している。
最後に著者が異文化理解の心得を述べている。一口に日本国民と言っても、地方差や個人差が大きいので、あくまで個々の日本人に対する欧米人の印象としてとらえる必要がある。また、観察者の物指しが多種多様であるかもしれない。日本人は彼らの常識を絶対的なものとして、ひたすら西洋化に邁進した。そればかりか、第二次世界大戦の敗戦によって、日本は実質的に「アメリカの『属国』」になってしまった。日本人は欧米人の自己中心的な「普遍主義」が、全人類に普遍で妥当なるべき思想とする幻想によって生きている。世界の諸文化の画一化が国際化なのでなく、むしろ人類文化の衰退であると結語している。 

                                                                                      2008.11  KK.Hisama

第6回: 異なる世代に生きる女性の人生論 [2008.10]

  •  板東真里子:女性の品格:装いから生き方まで、2006、PHP
  •   田中澄江:かしこい女性になりなさい、美しく生きたいあなたに、1986、PHP
  同じ出版社から20年の年月を経て出版された女性の生き方を語る二冊の著書を比較してみた。20年と言えば、伊勢神宮の建替えと遷宮が行われる意義ある期間である。出版時の著者の年齢は、坂東が60歳(昭和46年生)、田中が78歳(明治41年生)で一世代違う。坂東は戦後派で東大を卒業してから、国際的ウーマンズリヴの波にのってエリート官僚の道を歩み、執筆時には女子大学の教授から学長に就任したばかりだった。田中はお茶の水女子大学を卒業後、女子学院の教師や新聞記者を務め劇作家・評論家なったが、結婚し夫の両親と住み三人の子供を育てた。いずれの書も時代の先端を行く女性による空前のベストセラーとなった。
  田中は女性のセックス・恋愛・結婚・主婦・子育て・嫁と姑などの女性の人間関係をこまやかに述べている。一方、坂東は「はじめに」では女性らしさを唱えながらも、基本的にはアセクシャルで、人間関係も一般的であり男女の関係や家族については語らない。読者の対象はあくまでも急激に増加しているシングル、キャリアウーマンであろう。結婚や子育てについては語らない。以下、両著書の内容を比較する。
  坂東のタイトルは一年前にベストセラーとなった「国家の品格」からヒントを得ながら、国家の前に個人があるべきだと主張する。個人の品格とは正義感、責任感、倫理観、勇気、誠実、友情、忍耐力、持続力、節制心、判断力、決断力、優しく思いやり、ということである。これらはすべて、男性にもあてはまるのに、女性の品格としたのは、権力志向や拝金志向に走らないで、人間を大切にする女性の価値観を述べたいからという。実用書であるため、内容は、『国家の品格』のような日本人の価値観や行動原理よりも、毎日の生活で具体的にどうするのかに焦点を当てている。筆者の社会的地位や国際経験から得たヒントが、ベストセラーになった理由かもしれない。
  田中の第一章は装いについてあるが、第二章では若い女性のセックスと恋愛、以下、結婚相手の選び方、浮気や離婚、子育てなど、女性に特有な内容が続く。恋愛では婚前交渉やオフィスラヴ、別れ方についても述べている。夫婦関係は困難きわまるが、親として責任をもち、不倫は禁止という確固たる信念が必要であると言う。子育てについては、二男一女の母親としての経験から、自然な情操教育や子供への思いやりを語る。坂東が避けた内容を補完する著書として一読に値する。

  ウィマンズリブから30年以上経た今、女性の幸せはセックス・出産など身体性から始まるというポストフェミニズムの著書や研究が注目されている。読者は品格だけではなく、性や結婚、子育てなど、女性の本質に迫る重要な事柄にも目を向ける必要があるのではないか。

第5回:生と死に向き合う哲学者 [2008.6]

  • 生きることも死ぬこともいやな人のために:中道義道、新潮社、2005
  • 哲学者というならず者がいる:中道義道、新潮社、2007.2
  • 人間嫌いのルール:中道義道、PHP研究所、2007.7

 中道は通常の人間関係や慣習に強く反抗している。元々は伝統的な家庭に生まれ、一流大学を卒業し、ドイツ哲学を学ぶためウィーンに留学、そこで会った女性と結婚して子息をもち、現在は大学教授をしている。今回の著書三冊の中で最新作である『人間嫌いのルール』は、他二冊の内容と重複するが、実用新書として孤独を愛する人のための生き方を10のルールにまとめている。新書以外の他の著書ニ冊について述べる。

 哲学者をこころざした理由とその後の生き方について次のように述べている。少年のころから、「苦しみ喘いで生きて、そして間もなく死なねばならない」ことを納得できず、隠されたトリックを知ろうと思って哲学に興味をもった。それから五十年経つが、哲学はけっしてこうした問題を最終的に解決してくれそうもないと言う。「生きていたくない!」「死にたくない!」と叫んで50年以上、結婚生活も入れて、詳細は数人の若い学生との対話の形で述べている。

 留学先のウィーンで出会った妻と結婚し家庭をもった理由は、異国で出会った男女の愛があった。しかし、結婚や家族の人間関係については、心の底にいつも九州の封建的な家の長男だった父の家庭で育った経験があった。母が受けた「筆舌に尽くしがたいいじめ」、父に向かって罵讐雑言を投げつづけながら生きた母の姿を十歳のときから四十年以上みていた嫌悪感があった。結婚とは納税や兵役のような社会義務と考えていた。

 中年になってから、大学教授を続けているが、親戚づきあいはもちろん、妻や子息と何の関わりもない生活に入った。動機は、そうした社会義務への終止符を打ちたかったからだった。「そうだ、もう自分をごまかすのはやめよう、無駄な努力はやめてひとりで生きていこう」と決心したのである。夫婦関係に悩む妻はウィーンでカトリックの洗礼を受けたので離婚は許されない。十数人の神父が遠くでとりおこなうミサと、ミサを受けた妻が爽やかな顔で大聖堂をでるシーンは感激的である。

 ミサの場面を見て「・・・人格の復活はキリスト教がわれわれに与える最も疑いない、最も明白な約束の一つである」と言うセルティ−の幸福論の一句を思い浮かべた。続いて「もしもキリストの復活が事実でないならば、二千年来の世界史全体が一つの錯覚であり、・・・故意の虚偽に基づくものとなるだろう」も。かくして哲学者・中道の「宙ぶらりん」状態が続く。明治の開国以来、西洋の学問に魅惑され翻訳し続ける日本人学者の苦悩が生々しく感じられる。

 冊とも自虐的でユーモアがある。哲学に裏打ちされた著者のストーリーは「生きることも死ぬこともイヤな人」があふれる今、日本人の生と死を模索する異色の書である。

2008.6 KK.Hisama

第4回:仏教における女性差別 [2008.5]

  • 通説を見なおす仏教と女性:鶴岡 瑛、朝日新聞社、2003.5

 アメリカで健康ブームが起こったのは一九六〇年代の後半で四〇年前のことである。私が裏の芝生で始めたジョギング、食事など健康生活のおかげで、大きな病気をしたことがない。帰国してからも大学教員として健康に関する研究をしたが、生活習慣病はもちろん、心の問題の増加など、日本人の健康は悪化するばかり。アメリカでは医学部でもスピリチュアリティーが学ばれているので、過去一〇年ほどはスピリチュアリティーの研究もした。究極的に日本人と宗教の問題に行き着いた。なぜ、日本人はこれほど宗教を恐れ回避するのか。女性の視点から宗教を考えたい、その過程で発見したのが鶴岡の著書である。

 明治時代まで神仏習合の歴史が続き、日本人の宗教である神道は、見える宗教である仏教に主導されるようになった。幕末に起こった近代化の流れで神仏の分離が実行され、仏教は一時的に排斥された。戦後に乱立した新しい宗教のほとんどは仏教系である。仏教信者の大半は女性で、彼等は難しい経典を学ぶわけではなく、ただ男性指導者に従ってきた。仏教の女性差別については、以前からフェミニストなど外部の女性によって指摘されている。最近になって、「あがきのどん詰まりで阿弥陀如来の光りに出会う体験」をして仏教徒となった女性が、仏教における女性差別の著書を出版した。

 鶴岡は一九八三年から七年間専修学院で仏教を学び、多くの資料を丹念に調査した。その結果、仏教における一貫した女性差別・軽視の歴史が明らかになった。例えば、「女身を厭悪せん」の言葉にあるように、女性は穢れとして差別されてきた。尼僧は男僧よりもたくさんの戒律を課せられ、修行の場である山には入れなかった。仏教を信仰する女性は変性男子にならないと浄土に行けない。女性達は自己を卑下し僧侶に盲目的に依存しひたすら信仰してきた。それでも鶴岡は釈迦の言葉を引用し、こうした差別は男性の僧侶たちによって経典が歪められた結果であるとしている。日本人の精神的土壌を培ってきた仏教など日本人の宗教の中に、健康問題を考える鍵がかくされているのではないか。

 付記:市の図書館で仏教に関する著書千冊の中で女性のキーワードがあったのはニ冊だけ、その貴重な一冊である。

2008.5 KK.Hisama

第3回:テーマ:日本人のための宗教原論 [2008.4]

  • 日本人のための宗教原論:小室直樹、徳間書店 2007.7

 世界中どんな社会においても、宗教は人間の生と死に深く影響する。「無宗教国家」と考えられる日本で、多くの人は宗教の本質を知らないため、いんちき宗教や健康・病気に君臨する科学教にも容易に引っかかる。小室によると、本書は宗教を知らない日本人のために、宗教の本質について予想を絶する徹底的な宗教原論であると云う。宗教とは何か、どの宗教が自分を救えるのか、について批判的ではあるが冷静に考えるための示唆が多い。

 本書が意図するのは、宗教がないから学校崩壊、カルト教団から小学生による殺人、自殺の急増が起こっている。それらの行動にでるこころの問題や社会・経済的問題が蔓延していることは言うまでもない。だから、宗教を忌避するのではなく理解しようと言う。著者の論理に従えば、開国と明治維新による国際化は、西洋の宗教であるキリスト教に根ざした資本主義、デモクラシー、近代法を基盤とする。しかしながら、日本人はキリスト教や西洋の思想を本当に理解できないので、資本主義、デモクラシー、近代法もすべては名ばかりで機能できない。公的なサービスである医療は、各国の政治や経済事情によって大きく異なる。日本の医療に決定的な影響をもつ政治と経済は破局へ向けて驀進中、そのため医療の崩壊は当然の結果となるであろうと言う。

 本書は日本人が耳慣れたキリスト教、仏教、儒教に加え、ほとんど知らないイスラム教についても言及している。小室は世界の宗教を語る全能の神様ではないかと思われるほどの豊かな知識をもち、社会学的な立場から主な宗教を比較し日常レベルで説明しているので、凡人が楽しく読めるところが他の宗教書と異なる。第一章は日本人にとって宗教は恐ろしいもの、第二章は宗教的な考え方、続く章では世界の四宗教について説明。最後に日本に特定の宗教が発達しなかった理由と、その結果、何が起こっているのかについて述べている。四大宗教の解説については各々の読者に熟読していただき、以下、小室が述べる宗教の本質と宗教音痴による問題点について述べる。

 戦後日本の最大の問題は、頂点における天皇システムと底辺となる村落共同体が崩れ、人と人との結びつきなる連帯が失われたことである。人々は糸の切れた凧のようにさまよい孤独や不安に襲われている。この無連携社会を満たすため、会社に依存する会社人間、新興宗教、校内・家庭内の暴力や殺人、自殺が増加した。政治運動から健康食品まで、日本人の特徴は理性を失い感情による「わっしょい」騒ぎとなり危険である。こうした現状を救うためには、宗教家はもちろん、日本人一人ひとりが本当に宗教を理解することから始めなければならないと結論している。

2008.4 KK.Hisama

第2回:テーマ:「甘え」の構造 [2008.3]

  • 「甘え」の構造 土居健郎、弘文堂1971.2
  • 「甘え」と社会科学 大塚久雄、川島武宜、土居健郎、弘文堂1976.10

 ふと手にした健康雑誌に土居武雄の『「甘え」の構造』が新刊として紹介されていた。医療は純粋な自然科学としてではなく、人々が生活する時代と彼らが蓄積してきた民族の歴史によるところが多い。その意味で土居の著書は、医療に携わる専門職や消費者はもちろん、政策を担う人々や薬剤に代表される医療・健康産業にとって重要な理論である。今回は『「甘え」の構造』と、続いて出版された関連書、『「甘え」と社会科学』について述べる。

 「甘え」の構造は、第二次世界大戦によって崩壊した日本の再建を指導したアメリカ政府の善意に始まる。土居は1950年米国政府のガリオワ奨学資金を得て精神医学を学ぶために渡米し、そこで日米の文化の大きな違いに気づき、日本人のための精神医学と治療を考えるきっかけとなった。以来、土居は臨床経験の分析を続けながら3回渡米した他、数々の国際学会発表や意見交換を行った。甘え理論が一般の人のために単行本として出版されたときは、最初の渡米からすでに20年が経っていた。この著書はベストセラーとして、20世紀後半の日本はもちろん世界の人間論に大きな影響を与えてきた。

 日本語に特有な「甘え」は日本人の精神構造だけではなく、日本社会に深く浸透している。甘えの概念は、第2章:「甘え」の世界、第3章:「甘え」の論理に述べている。「甘え」を日常生活の義理・人情、罪と恥、他人と遠慮、内と外など関連しているので理解しやすい。国際社会の一員として活躍するとき、最大のバリアは個人や個々人の集団の超越するパブリック精神が乏しいことである。医療や教育の問題は、個人の利害を超えてパブリックであるべき医療や教育の私物化や公私混同によるものが多い。日本のイデオロギーとしての甘えを否定することは不可能である。では、無統制の甘えと責任を問われない甘えの氾濫を抑制する鍵は、「自分がある人」は甘えをチェックできるが、ない人はひきずり込まれるという土居の言葉にあるのではないか。

 『「甘え」と社会科学』は、社会経済学(川島)と法律学(大塚)の専門家を入れた三人の討論である。この二人は土居の甘えが学会で発表される前の戦時中から、すでに甘えの概念が法律や社会学にとって重要なことに気づいていた。異なる学問分野の学者をまじえた「甘え」の徹底的な討論は、日本人の精神構造はもちろん、その延長としての社会規範を知るためにあらゆる分野の研究者にとって重要である。彼等は「甘え」の概念は日本人と日本社会の有用な理論であり研究道具であるとしている。武家社会や明治維新に活躍した武士や上流階級の存在など、甘えの氾濫を抑制するために示唆が多い著書である。

2008.3 KK.Hisama

第1回:テーマ:悲しみの精神史 [2008.2.4]

  • 悲しみの精神史・山折哲雄 PHP研究所、2002.1
  • 幸福と成功だけが人生か・同 PHP研究所、2007.9

小学生の頃、みんなで記憶したドイツの三大哲学者の名前を斉唱していたことを思いだす。帰国してみると日本人の哲学志向、特にドイツ哲学へのあこがれは依然として健全である。医師や看護師など人々の生と死にかかわる専門職ではどうしても宗教的、哲学的思索や学びが必要なので、私は帰国してから日本人の宗教と哲学を学ぼうと模索していた。心理学を専門とする同僚に日本の哲学者について聞いたが数人の名前を挙げるだけだった。日本の哲学はむしろアジア国家の学者たちが真剣に学んで著書を出版しているようだ。それでは、自分で開拓するより仕方がないと独学を始めたときに発見した山折哲雄は造詣の深い哲学者である。彼は昭和31年生まれでアメリカから帰国したというが、私とは異なる動機から日本の宗教や哲学に思想的な発露を探したのかもしれない。

『悲しみの精神史』は昨年の秋、『幸福と成功だけが人生か』という異なるタイトルで同じ出版社が発行した。新タイトルは幸福志向の豊かな社会への反抗心をもつ若い世代のためであろうか。山折は若いころから通俗の幸福などに何の魅力も感じなかったし、幸福になんかなるものかと思っていた。不幸な悲しみに耐えている人間、涙をこらえて天空の一点を凝視しているような人間に尊敬の念を抱いた。

では「悲しみの精神史」とはなんであろうか。山折は万葉から終戦直後までの期間における歴史的人物や事件に関する資料を二十一篇にまとめ、日本民族の思想的な遺伝子とも言える悲しみを語っている。その中には第十三話・悲劇の詩人に関する「石川啄木の慟哭」、二十一話・青年学徒の苦悩を語る「敗北を抱きしめた日本人」がある。佐賀に住む私は第十二話・「『葉隠』に重なる仏法の精神」を興味深く読んだ。

山折は幸福を売る宗教屋の勧誘を受け、また、成功した経済人に幸福の九十九パーセントは金で買うことができると言われたが心中で反論する:あとの一パーセントの事故で九十九パーセントの幸福がパーになると。事故とは生命の危機、天災などである。我々は悲しみと孤独の中に癒しや至福の瞬間を見出すことができるという。とみに自殺や殺人の多い昨今のことを考えると、彼らが山折の哲学を知っていたなら違った生き方に意味を見出し人生の活路を開いたかもしれない。なぜなら過去十年ほど日本人のスピリチュアリティーを研究している私は、真の癒しや静かな幸福に大切なスピリチュアリティーは、何万年も続いた歴史の中で、経験してきた貧しさや悲しみの中にあると考えるから。

2008.2.4 KK.Hisama

 

  西洋と東洋の社会を熟知するジャーナリスト、グレゴリー・クラークはベストセラー『ユニークな日本人』において、西洋がイデオロギー中心の社会であり、日本は人間関係の社会であるとした。初版から三十年以上が過ぎた今、日本人の人間関係、中でも核家族の中心となる夫婦関係が根底からゆらいでいる。日本人にとって夫婦関係とは何かを女性作家・早坂がフィクションで、男女の性をめぐる作家・渡辺がノンフィクションによって洞察している。
早坂は軽井沢に住む女性作家で、最新作『漂いながら』は豪華客船に乗る百日間の世界一周の旅である。庶民には手の届かない船旅がどのようなものか興味を抱いて読み始めたら、旅は夫婦関係を中心に展開されていた。主人公は停年に達した妻で、夫と二人で設立した会社は今では五十人の社員を抱えるほどに成長した。船旅は夫の発案である。妻は同意したものの、夫が五年間に渡って不倫したことが心につきささっている。心の中では夫の不倫を強く非難しながら、旅によって自分の気持ちが和らぐのでないかというかすかな希望をもっている。
  船旅はアジアからヨーロッパ、アメリカの東部から西海岸を廻り、世界の主要都市に上陸する観光と船内の食事やイベントで展開されていく。主人公の寿美恵は船内で親しくなった二組の夫婦について述べている。一組は外交官として世界を回った夫と美貌の妻、二人は国際的センスにあふれ羨望の的である。もう一組は老年の医者夫婦。しかし、話しているうちに、どちらの夫婦関係も決しておだやかではない。最後の場面では、外交官夫人は夫を離れてスペインで暮らす母親の元へ行く様子だった。
  数多くの男女の恋を描いてきた渡辺は、ノンフィクションによって性を中心とする夫婦関係を真剣に論ずる。「妻とのセックス」を蜜月時代、中年時代、熟年時代にわけて述べ、それに伴う夫婦の問題を洞察している。一夫一婦制の意味、夫の帰宅恐怖症、ED、マザコン、定年後の夫婦関係や離婚など鋭い洞察から学ぶことが多い。最後に一夫一婦制も入れて、これからの性の関係について提案している。
渡部によると、明治時代までは天皇を初め政治家や金持の商人など、妻以外の女性と男性の性関係を許し、子どもを持つことも受け入れていた。日本の男性は今でも妻以外の男女関係を願望するが女性は許せない。こうした男女の性への考え方のギャップを埋めて、夫婦は性にどう向き合うのかは大きな課題である。アメリカの経験から考えると、日本では男も女も、夫婦の性関係を真剣に考えてはいないように思う。夫は仕事に没頭し妻は子ども中心になる。夫婦を中心とする欧米の社会では、絶え間ない相互の努力を必要とするので、離婚は止むを得ぬ事情からと考える。
  日本のしきたりや社会環境は、現在の一夫一婦制の性関係に深く影響している。例えば、家事・育児や男女の関係において、男尊女卑の考え方が日本人の深層心理に残っている。家族関係では、親離れのできないマザコン男性や子離れのできない親が多い。夫婦関係を含む人間関係による心の問題は、変わりゆく日本の歴史的・社会的背景を考えないと解決できない複雑な問題である。しかしながら、解決への第一歩は、そうした背景に目を向けながら、夫と妻の双方が自分達の問題として真剣に向き合うことではないか。K.K.HISAMA 2009,3

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