子ども英語教室

子ども英語教室

子どもの英語教室

 

はしがき

 受験競争に対応する学習塾とならんで、子どもの英語教室が繁栄している。それは、一昨年、英語サロンを企画したときに明らかであった。サロンの理念は、あくまでも学校教育者の英語力向上のための場であり、子どもの英語教室など念頭になかった。それなのに、周りの人たちは口を揃えて「家の子にも英語を習わせたい」とか「子どもたちが学ぶといいね」など、子どもに期待があつまる。一方、一般の英会話教室は閑古鳥が鳴いている。
私が会った教育現場の関係者は、サロンに対して皆冷ややかであった。教育行政のどのレベルでも「英語はJETの人が教えていますから・・・」と同じ言葉が返された。サロンは商業主義という先入感があり、出来るだけ避けたい、というのが本音のようだった。自分が疱瘡患者になったような気持さえした。
 一般の英会話教室が衰退した最大の原因は、ネィティブ・スピーカーが皆無に近いことである。行政としても国際交流を前面に打ち出しているが、英語を教えてくれるネィティヴ・スピーカーは容易に見つからない。わずかなアジア圏の留学生に頼っているほどだ。子どもの英語教室は、経営側が用意した教材によって日本人教師が教えているので、教師の確保における問題は少ない。
一般の英会話教室が衰えた第二の原因は、法外な授業料を納めても、あまり効果が見られないこと。教師はネィティヴであれ、英語を第二言語とする留学生であれ、日本人に英会話を教える技を持たない。その盲点をカバーするために、消化できないほどの教材が売られている。そこで一身発起、東京からアメリカまで英語教育の現地調査を始めたところ、多くの発見があった。その報告は他の機会にして、今回は子どもの英語教室について述べることにする。
 

子ども教室のスピーチコンテスト

 この夏、米国でも屈指の最高学府のあるB市でオーラルエングリシュの研修を終えて帰国した直後のことであった。ある出版社によって40年ほど前に開校、今では子ども英語教室の大手であるS校の地方校が、全国大会に向けたスピーチコンテストを開催した。会場はS新聞社の文化事業の本部となっている総合ビルの中にあった。百人近い子どもたちと、誇りに満ちた両親の姿は、どの学校行事にも見られる風景で活気がみなぎっていた。
 最初に就学前の幼児達が体を動かしながらABCを歌った。後で考えるとこれが最高であった。続くコンテストは、一人ずつ順番に舞台に上って、自分の名前を告げてから絵本の一節をリサイト、同じ内容もいくつかあった。短いながら、日常生活では縁のない英語を暗記するのは大変だったろうと同情する。日頃の苦労が報いられた両親はどんなにうれしかったことか。しかし、彼らの英語を聞いていた私は、日本語を聞いている錯覚を覚えた。中には注意して聞いても全く通じないスピーチもあった。
 ネットで検索すると、子ども英語教育に関するS校の詳細な情報がある。どの年齢でも、明確な教育目標を設定、到達へのステップ、それに向けた教材や教育の内容が詳細に述べられている。動機づけとして子どもの英検がある。教師は日本人であるが、教材は最新の技術を取り入れたもの。しかし、別途支払う教材費は高価である。一見すると、学校の英語教育の強敵に見える。外国から招待する助手(JET)に頼ってきた学校教育の関係者が不安になるのは無理もない。そして競争相手を毛嫌いするが、情報時代の教育の刷新など考えもしない。

結 語

 彼らは、JETを頼りにした英語教育の30年の歴史から、子ども英語教室の光と影を見据えることができないのだろうか。米国での研修を終えた私は、日本人の英語力UPにつながる英語教育の未来は、学校教育のルネサンスにかかっていると確信している。これについては次のトピックとする。

 

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