第三の安全保障としての「生きた英語」

第三の安全保障としての「生きた英語」

  近代史における日本の安全保障は、1.欧米の先進国による植民地化をさけた徳川幕府の鎖国条例、2.世界戦争への道を歩み、最終的に敗戦国となり戦争放棄で得た日米同盟がある。しかし、安全保障は国土の征服や人命の救助を超えて、「民族の言葉と文化を守る」ことを意味する。それは家族の延長である民族のアィテンティを守ることであり、アイデンティティは人間が生きる意味である。こうした見方から言えば、戦後70年続いた英語教育の成果が見られない理由は、日本人のアイデンティティ(日本語と日本文化)を防衛する心理的な壁があるからだと思う。ここで読者は、なぜ日本人の「生きた英語」が第三の安全保障になるのか首をかしげるかもしれない。これが今回のセミナーの課題である。

  第一の安全保障である「鎖国」という言葉は誤解されやすい。鎖国とは言え、日本への入口として長崎に出島を設定し、アジアや西洋の国々と積極的に貿易・交流を続けていた。それゆえ、鎖国条例は、日本を西洋先進国による植民地覇権の争いから守るための「管理された安全保障」と考えられる。しかし、徳川幕府の安全保障は黒船の脅威によって終わり、日本は第二の安全保障への道を歩む。

  第二の安全保障は、明治維新で見事に変身した日本が、世界戦争の道を邁進し、一連の世界戦争で敗戦国となった直後に始まった。GHQの指導による新憲法のもとで、日本は農地・医療・教育制度を抜本的に改革し、経済発展の道を歩んできたのである。GHQは日本語の改革を試み、漢字・かなを廃止して日本語のローマ字表記を提唱した。戦勝国が敗戦国に自分たちの言語を導入させることは、世界史において珍しいことではない。戦勝国日本もアジアの国々で行った政策である。
  しかしながら、戦後の日本は、高度に発達した日本語・日本文化があった。幾多の自然災害を乗越えて発展させた日本文化。世界に稀な地理的位置や鎖国条例によって欧米諸国による植民地を逃れ、世界に先駆けた国民の義務教育などは国家としてのアイデンティティの防衛に貢献した。日本語は安全保障の中心であり、西洋文明を受容するために、絵本から学術書まで日本語に翻訳した。初期は困難な事業だったが、今では、書籍や雑誌はもちろん、テレビ放送・映画・DVDまで、膨大な数の日本人が和訳している。市立図書館で推薦された絵本の3分の2が外国語絵本の和訳だった。

 このように、国内では日本語だけで事が足りるので英語不要の考え方が強い。そこには、アジア諸国で唯一植民地にならなかった日本人の誇りがあり、英語や他の外国語教育への根強い心理的な抵抗がある。ところが、今、日本人のアイデンティティである日本語と文化が、危機に晒されているのである。世界で最も広汎に使われている外国語は英語である。「英語力が日本語と文化の安全保障となる」と言われると逆説と思われるかもしれない。では、現実はどうか。

 英語のできない日本人に代わって、日本語に堪能な多数の外国人が国内でも海外でも活躍している。海外では通訳や和訳・英訳家として、国内では国際交流員や英語教育の助手が日本の津津浦浦で働いている(JETプログラム)。大学でも多くの外国人が働いている。彼らは日本人に代わって外国語を教え、日本語の文書を翻訳し、国際交流に必要な手助けをしている。問題はJETプログラムが始まって30年近いが、その成果は依然不透明である。日本人に英語力(外国語力)が不要であると主張する人は、外国人への語学力依存が安全で永久に継続すると考えているのだろう。彼らはこうした状態が日本語と日本文化のアイデンティティに危機を招くことを意識しているのだろうか。この論考は次回からにする。

[KK.HISAMA 2015.4.20]

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