読書コーナー(平成27年度)

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第7回:「美しい英語」は「美しい日本語」から(その2)

福澤 朗:声と言葉の教科書・勝てる日本語・勝てる話し方、東京書籍、2009.7  

はしがき:日本人の伝達能力 

携帯やメールなど話さない時代がもたらした伝達能力の低下を愁う著者による書。演劇とアナウンサーの厳しい訓練と後輩の指導の経験からの執筆である。

勝てる日本語・勝てる話し方

 1章 声は心の震えである:小さい体から出る大きな泣き声で、すごい伝達能力をもつ赤ちゃん。幼稚園まではおしゃべりも盛んであるが、小学校で国語の授業で読み書きを始めると伝達能力が落ちる。訓練をしないので自分の思いが伝えられない。錆び付かせてしまった伝達能力を訓練によってよみがえらせる。声は単なる声帯の震えではなく「体の震え」そして「心の震え」。人間は全身で声を共鳴させる「楽器」であることを意識して心に伝えるためにがんばろうと言う。

2章 伝達能力を高める秘訣:伝達能力の三大要素「高低」「大小」「速遅」、すなわち、音の高低、ボリューム、スピード。「間」は声でないが四つ目の要素。声のスイートスポット(SS)はテニスのラケットにあるスポットと同じように明瞭な声となる所。息は気管→声帯→鼻の裏側に当って共鳴し、そこから頭部と胸部を共鳴させ、全身を楽器として相手に伝える。体の楽器は使えば使うほどいい声(声が通る)になる。伝達能力向上の処方箋は、)椶瞭匹瀛垢せをしよう、⊆蟷罎鮟颪海Α↓ケータイを使わない生活(話し上手になるため)など。他は、緊張感をほぐす「グーパーマッハ」や運動ができないときは喉に何かを通す(飲食)。表情筋を鍛える「ひまわりの顔」「梅干の顔」。会社や家族では大勢でやると全然恥ずかしくない。目(眉も)口ほどにものを言う。最後の十秒:最初の十秒で好感度アップさせ、ラスト十秒のひと言で相手の心をつかめ。挨拶、身だしなみをきちんと。相手の位置によって声の高さを調整する。

  第3章は「勝てる日本語、勝てる話し方」: 結婚式・お葬式での発声法としておめでたい席では母音を強く、不祝儀はささやきで子音を強く。また、スピーチは「ライブ感」が命。丸暗記ではなくキーワードトークで「言葉のライブ感」を。英会話より「日本語会話」の授業やマイクの使い方など。

 以下、第4章は「勝てるコミュニケーション術」として話題が広げること。自分の位置づけ、会議などで現場の状況を考慮すること。最後の第5章は「声をよくする「とっておき」の訓練法」として基本に戻り、]寝察´⇔呂鯣瓦:仰向け→立って訓練する。内容はリラックス・喉ひらき・呼吸法。滑舌棒と生首訓練法によって「母音を制する者は発音を制す(劇団四季法とオットセイ訓練法)」を教えている。

コメント:

 母音の重要性は英語でも全く同じ。英語で最も頻繁にでる母音は「シュワー」という「あいまい母音」。英語独自な発音システムは辞書の発音記号と異なり、母音(35の異なる発音)のほとんどは「シュワー」として発音される。活字からスピーキングを学ぶ日本人は、10年英語教育を受けても教えられていない。 [KK.HISAMA2016.3]

第6回:「美しい英語」は「美しい日本語」から(その1)

浅利慶太:劇団四季メソッド「美しい日本語の話し方」文藝春秋、岩波書店、2013,7

福澤 朗:声と言葉の教科書、東京書籍、2009.7

はじめに

日本人が英語を話せないのは「美しい英語」にこだわるからと言われます。ところが、多くの日本人は普段「美しい日本語」を話すことなど考えもしない。美しい言葉の原理はどちらも同じ、まずは美しい日本語を話すプロ二人の著者から美しく話すヒントを得ましょう。

劇団四季メソッド「美しい日本語の話し方」 

外国語による劇を美しく聞きやすい日本語で伝える劇団四季。戦後間もなく理想に燃える貧乏学生たちが開始。美しい日本語の探求を続けて60年、大きな成果を挙げています。西洋ではよく「ペンは刀」と言われますが、ここでは「話し方が武器」。劇団四季が教える三つのメソッドは、第234章で説明されています。この簡単な方法で、子ども・大人・プロ・素人と、誰でも美しい日本語が話せるようになれるのです。

1章 日本語について−武器としての話し方:学校教育で「読み書き・算盤(そろばん)」の伝統が続く日本の学校では「話し方」を教えない。音読・朗読は話すことではない。加えて話さないネットの世界が広がり、友人や家族の会話は減少するばかり。劇団四季のメンバーは、全国の小学校に出向いて「美しい日本語の話し方」教室を開いています。

2章 母音法−正しい発声のため:母音法とは五十音のすべてをきれいに発音すること。パールのネックレスのように、一音一音を玉のようにきれいに並べるのです。まずはローマ字の五十音表を用意。次に正しい発声をするための四つの基本フォーム(体・喉・舌・母音)を理解してから母音だけを発音練習。ローマ字にしてから子音を除いて発音する:「おはよう」は「オハヨー」は「o-a-oo」と発音。母音が重なるのは「連母音」。このとき起る「共鳴変化」とは「口の中で音と響きが変わること」。子音が重なる「連子音」は一拍サイレントのルール。こうして母音法を意識しながら練習すると、ことばのリズムを感じることができます。

3章 呼吸法−腹式呼吸による声:まずは呼吸の科学と発声の科学をしっかりと理解します。喉にある声帯が開閉するすき間を肺からの空気が通過するときの振動が、鼻や口・頭・胸などの「共鳴胴」に伝り共鳴して音がでます。呼吸には息を吸ったとき胸がふくらむ「胸式呼吸」とお腹が膨らむ「腹式呼吸」があるが大切なのは腹・背筋を使う腹式呼吸。お腹とは横腹から後ろ側の腰のあたりまで含めること。呼吸法と発声法はステップ1から12として、詳細に説明されています。

 第4章 フレージング法−言葉を切る方法:読み書きと話すことばの大きな違いは、どこで切るのか(フレーズを作ること)を考えること。自分で読むときは自由ですが、人に伝えるときは相手がわかるための切る場所が重要。自分が読みやすい場所ではなく、話す内容を深く理解して伝える技であり、内容のイメージを伝える感性です。句読点はあくまで文章を視覚に訴えるための記号、音声のためではありません。劇団四季ではセリフの「折れ」とよんで八ヶ条として整理しています。お腹の呼吸と折れの変化を連動し、感情ではなくイメージを伝える感性が大切です。

 巻末付録として「美しい日本語の話し方」教室台本があります。[KK.HISAMA 2016.1]

 

第5回:英語ママへのアドバイス(その2):小学校英語

 危うし!小学校英語:鳥飼玖美子、文春新書590、文藝春秋、2006.6

 はしがき

前回の臨界期説につづいて、同じく英語をきわめた日本女性による書。どちらの著者も米国で博士号を取得、違いは後藤裕子が研究データによる議論で、鳥飼玖美子は同時通訳として働いた経験とジャーナリスト手法の研究をベースにした議論。日本人の小学校英語導入(乳幼児を含む)への確固たる意見です。出版は小学校英語が盛んに議論された当時ですが、導入された今でも遅くはない。自分の英語への幻想を子どもに押しつけるママたちへの警鐘です。

 英語ママへのアドバイス:小学校英語

 第1章は「臨界期説」信奉者の幻想について。小学校英語は私立の学校では長い間実行されており、百年の歴史ある幼稚園もあるほど。彼らの間では、中学に進学して最初の一年くらいで、小学校英語を経験していない外部からの入学生に追いつかれる、追い越される例が多いことが知られています。英語圏ではない日本では、子どもが英語を学ぶ「動機」「環境」が全く異なるからです。

 第2章は「英語必修化」を後押した二つのグループと、彼らの圧力に耐えられない文部省の「陰謀」。圧力団体は人材に投資できない「企業」と、親の英語コンプレックス。巨大なグループであり、政府中心の審議会は賛成派で、大学教員を中心にする慎重派の意見は陰の存在でした。議論の中心はコミュニケーション能力、そこへセンター入試にリスニング導入。推進派には英語産業や政治家も参入して小学校英語は大きく前進、実現です。

 第3章は、導入はしたが、教える教師がいないという問題です。必須化となれば高学年だけでも八万学級。中学英語の免許をもつ小学校教員は四パーセント、九六パーセントは英語の指導ができない状態。必須化の前の「小学校英語」は、ビデオ・CD・歌・ダンス・ゲームで課外活動でもよい程度。教育理念や確かなカリキュラムがない「幼稚園のお遊び」教育が尾をひくので、中学校の英語教育が被害をうけます。これまで依存してきた外国人英語助手(ALT)の問題にも言及しています。

 最終章の第4章では「日本の英語教育」のあり方です。それは「グローバル・ネットワーク社会」で必要な「異文化リテラシー」が求められます。読み書きできるリテラシーから進み、ことばがもつ歴史・文化の理解はもちろん、言葉が伝える「感性」まであります。コミュニケーションでは、人間の思いや感情の相互理解が大切です。

 おわりに:英語を学ぶだけが子ども教育ではない。親の責務は「こどもの心を育てること」。それには「惜しみない愛情」と「豊かな母語」が欠かせない。

 コメント

導入における緊急の課題は、前回の結論と同じく、明確な目標設定と指導教員の養成です。小学校英語をめぐる議論は、「猫の首に鈴をつける」決定をしたねずみのようです。背後にあるのは、中国・韓国が小学校英語を導入したこと、日本のテストスコアがこの二国を下回ることではないか。ロジスティクも資源もないまま日米戦争に突入、今日まで消えない心の傷から学ぶことはできないのでしょうか。競争・戦争ではなく友好・平和の時代。英語ママも教育の原点に立って再考しましょう。[KK.HISAMA 2015,11]

第4回:英語ママへのアドバイス(その1): 臨界期説

 英語学習は早いほど良いのか:バトラー後藤裕子、岩波新書1559、岩波書店、2015.8

  • 危うし!小学校英語:鳥飼玖美子、文春新書590、文藝春秋、2006.6

    はじめに

    著者はどちらも英語をきわめた日本女性、内容は小学校の英語教育が中心である。今回は「臨界期説」を綿密に検証する書を取り上げる。著者は日本で大学教育を終了、米国で博士号を取得、現地の大学で外国人の英語(TESOL)教育機関のディレクターである。韓国や中国の英語教育事情にもくわしい。
     
    英語学習は早いほど良いのか:バトラー後藤裕子、岩波新書1559、岩波書店、2015.8
     
     著者の専門分野であり、理論と豊富なデータによる議論である。一般読者には難解であるが、ある程度研究の背景があれば興味深い。内容は子ども英語教室や小学校英語をあと押している「臨界期仮説」の多面的な検証である。臨界期説の起源は、鳥が生後まもなく親鳥の後を歩き始める時間帯があり、親鳥を人間に代えると人間の後を歩く現象である。臨界期の概念は、乳幼児や小学生が容易に外国語を話すようになる現象から生れたもので、日本では親の間で広く「信仰」されている。母語の発達において年齢の影響は普遍的な現象であり、外国語が話される環境での学習(第二言語)でも開始年齢の影響が強い。しかし、言語の習得は、年齢の他にも学習時間数や学習方法など重要な影響要素がある。本書の第5章までは外国における研究データの議論で、母語も日本語以外の研究が多い。
     第6章で、焦点を母語が話される環境で外国語を学ぶときの年齢の問題に絞っている。外国語は正規の授業として学習されるので、研究データも音声と読み書きと年齢の関連である。その中から「日本人の英語学習」研究をいくつか紹介しよう。被験者が大学生の場合、音素(単音の聞き分け)と文法性を比較すると、平均点は学習時間が決め手となり個人差が目立った。脳の反応を見る研究では小学生と幼児を対象としている。幼児の場合も脳の反応に変化は見られるが、多くの時間が必要である。小学生は6-9歳が対象で、英検のスコア、脳活動は単語と絵をマッチするテスト。開始年齢よりは学習時間数の影響が大きかった。

     最後は読み書きの習得。日本語環境における開始年齢と言語力の実証研究は稀有なので、カナダ在住の日本人を調査。カナダ人のレベルに達するまでの年数を見ると:入国年齢7−9歳は5年、10−12歳7-8年、3−6歳の場合は1年で8点の差になるが、この差を縮めるのに10-12歳と同じ年数が必要という。不可解である。アメリカ入国年齢による日本語の読み書き能力と英語能力の関連では、9-11歳ではバランスしているが、8歳以下では3年で英語力が日本語力を上回る。12歳以降の入国では数年で英語力が上回ることはない。 
     第7章は、以上の研究結果に基づいた考察である。早期の導入は絶対的ではないが、成功するためにはインプットの充実と動機づけが重要である。小学校まで子どもは音に敏感で意欲も高いというメリットがある。中学校の頃になるとクラス全体の環境に同調する傾向が強く大きな変化が起る。個人差が大きいので、良質のインプットを続けることの重要性を強調する。音声言語がある程度蓄積された時点で読み書きの導入は必須。小学校英語導入における緊急の課題は、明確な目標設定と指導教員の養成であると言う。[KK.HISAMA 2015.10]

第3回:英語教育慎重論(その2)

  • 英語を子どもに教えるな:市川 力、中公新書ラクレ、2004.2
  • 子どもに英語を教えるな:ディビッド・セイン他、バジリコ株式会社、2002.9 

はじめに

「教えるな」という言葉に感情的になってはいけない。この二冊は、小学校英語教育を成功させるためにキーパーソンとなる教師と両親を導いてくれる貴重な書である。著者は日本人とアメリカ人で、どちらも日本の英語教育事情を熟知する専門家。将来を担う子どもたちの成功と幸せのための英語教育を教えてくれる。今回は市川の「英語を子どもに教えるな」を述べる。

著者は、東京の学習塾で働いてから、海外でも事業を行う学習塾の教師として13年以上滞米(90-,96-2003)。現地で1000人以上の駐在員の子どもと関わった実体験を通して第2言語を獲得していく子どもたちの姿をつぶさに観察している。「なぜ子どもに英語を教える必要があるのか?」の質問に対する一般的な答えとして、グローバル化、英語の公用語化を挙げ英語力の必要性を認める。しかしながら、早期教育推進の背後にあるのは、英語を苦手とする大人の「甘い幻想」・・・すなわち、自分たちができない原因を「学校教育、乳児期から英語を教わらなかった」、「自然に英語力を獲得する機会を逸した」、故に「英語は必要だから子どもの時から教えたほうがいい」という親の発想は間違っていることを、研究結果や自己の経験と現場検証によって論理的に述べている。

第1と2章では、現地駐在員の家族として渡米し、バイリンガルを余儀なくされた多くの子どもたちが経験する日本では想像できない深刻な問題を具体的に描写している。バイリンガルは英語と日本語という言葉や学力を遙に超えた、子どもの人格にかかわる問題であることがわかる。子どもたちの心が蝕まれ、結果として「日本語も・・・英語も・・・」まともにできないセミリンガルの状態、日本語喪失の危機が起る。

第3と4章では、日本における英語教育として「教育特区」「インターナショナルスクール」「イマージョン」などを幅広く議論、バイリンガルへの長くて苦しい道程を述べている。読者は、バイリンガルの幻想や、低年化する子ども英語への過度な期待から目覚めてしまう。しかし、悲観することはない。著者は子どものバイリングアルが成功するための条件として、適切な「動機・環境・方法」を具体的な例によって教えてくれる。結論は「英語力」を変える最大の原動力は「親の力」。まずは、自分が率先して英語を学ぶことである。[KK.HISAMA.2015.8]

 

第2回:英語教育慎重論(その1)

はしがき

国民性として、慎重派「石橋をたたいて渡る」に対するせっかち派「まずは渡って後で考える」などの特徴が挙げられる。近年、アメリカ的な民主主義が定着し教育行政においても国民の意見を尊重するようになったが、やはり「せっかち派」が優勢。今では英語教育慎重論は少数派による「正論」か。民主主義の大切な原理は、少数派の「正論」が多数派の舵とりを修正できるかどうかである。このような視点から、慎重論の著書2冊を紹介する。

  • 行方昭夫:英会話不要論、文藝春秋、2014.10
  • 市川 力、英語を子どもに教えるな、中央公論社、2004,2012

行方昭夫:英会話不要論、文藝春秋、2014.10

著者は一時代、東大教授として英語教育の金字塔とされた『英語青年』で翻訳指導を20年以上続けたという経歴をもつ。「時代に乗り遅れた奴として呆れられる」ことを覚悟して書かれた『英会話不要論』がどれほどの説得力をもつのか。冒頭の一句を引用すると「辛抱強く学ぶ意欲もないのに、また、語るべき内容も持たないに、何が何でも英語を喋りたい人たち」への批判である。

「第1部:英語と日本人」10項目の概略。(1)母語では文法を知らない(意識しない)でも言葉の4機能(聞く・話す・読む・書く)ができるが、外国語では通常は不可能。(2)文法と読み・書きを中心にした日本の伝統的英語教育から聞く・話す機能は発達できる。(3)英語ベラペラな帰国子女の母語と精神的問題。(4)小学校英語の現状と課題。他のトッピクは、教科書の変遷、大学入試、英語力の国際比較などがある。興味深いのは(6)「平泉・渡部英語教育大論争とは?」である。平泉(政治家)は教育の大衆化路線の立場で、渡部(言語学者)は知的路線の立場。前者は教育効果の即効(顕在化)、後者は長期的な効果(潜在化)を主張。言うまでもなく教育成果の顕在化と潜在化の論争は、英語に限らず教育全般に渡る重要な課題であると思う。

「第2部:異文化交流の壁」も同じく10項目であるが、ページ数は第1部の三分の一ほど。(1)ドナルド・キーン(日本語学者)の誤訳。(2)英訳の「間違い」を指摘するネィティヴと言語の不確実性。(3)夏目漱石の英語力をめぐって:日本とロンドンで。(4)中国から日本へきた少女の日本語学習。(5)と(6)は翻訳にまつわる話。他は英語公用語とした会社、ALTの問題、国際場面における英語コミュニケーションの明暗である。第2部の内容は、遠い過去の英語雑誌『英語青年』の主役だった著者の経験を主としており、国際場面における幅広いオーラルコミュニケーションの経験から生れたものではない。

本書から得た最大のメッセージは、(1)英語教育の顕在化と潜在化の問題のバランス、(2)高度な英語能力の習得は、文書であろうと音声であろうと、血が滲むような個人の努力なしては達成できないこと。(3)そうした英語を習得した人がかかえる生涯癒されない精神問題。帰国子女の「適応性障害」は、日本全体を覆う深刻な問題である。[KK.HISAMA, 2015.6]  

第1回:英語で「何を」伝えるか

 最近、東京の折紙会館で出会った女性のお話し。毎年、米国から若い学生の団体を乗せた客船が横浜港に寄港する。民間のボランティアとして折り紙でおもてなしをしていると言う。学生たちは船で世界をめぐるので短期間の滞在で多様な文化に触れる。日本からも多くの中学生や高校生が語学研修で英語圏に渡航している。海外旅行は、発信型の英語(日本文化を伝えるなど)を習得する絶好のチャンス、「和のおみやげ」はよいコミュニケーションの始まりではないか。  

広田千悦子:英語で伝える和のおみやげ図鑑、講談社、2012.12

本書の内容は6章に分類、5章までが日本のグッズで、最後の6章が「食にまつわるもの」で構成されている。第1章は「縁起のよいもの」が11個、第2章は「飾るもの」が5個、第3章からは「身につけるもの」、「遊びのもの」、「文具など」と続く。すべてのグッズはイラストされ、英語と日本語の名前と短い説明文がある。

「折り紙はどこかな」と捜してみたら4章の「遊ぶもの」で、他に「花火」「サイコロ」「カルタ」などがある。「折り紙」は子どもからお年寄りまで楽しむことができる。折り紙の本も多く、今ではDVDもあるが、やはり人から人への伝授が最高である。折り方を教えるためには、少しでも英語で話すと相手がよく理解してくれる。子どもたちは遊びながら英語を話すので、選択肢としては「遊ぶもの」がよい。

「和食」が世界遺産に登録されたように、大人の場合はやはり「食にまつわるもの」がよい。中でも「お弁当箱」にお料理を入れるなら、一緒に作る喜びと食べる喜びを経験できる。お弁当は作る人の愛情があれば心が通い会話もはずむ。「キャラベン」など、お母さんの間で広がっているお弁当のタレント競争なども話題にしたら楽しい。男性にとっては、何と言っても「日本酒」。空港で簡単に買えるので、少し重くてもそれほど困難ではない。

もっと英語が達者ならカルタがよい。カルタも遊びに入っている。「ことわざカルタ」は世界共通のことわざも少なくないので容易に理解してもらえる。日本が如何に「カルタ大国」であるか示すためには、何種類か蒐集すると相手を驚かすことができる。「飾るもの」は、浮世絵、和ろうそく、提灯、鈴など。これらをお土産にするときは、知識と英語力があれば、相手に印象づけることができる。[KK.HISAMA,2015.4] 

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