特集アセナ学術セミナー: TPPと医療の社会保障:米国オバマケアの現場から

特集アセナ学術セミナー: TPPと医療の社会保障:米国オバマケアの現場から

日本の高度医療とTPP:オバマケア実践の現場から

 
 全国民に適用される国民皆保険(ユニバーサルケア)は、第二次世界戦争後に起った健康の悪化へ対応する人道的な政策であった。それは福祉国家イギリス(1948)に始まり、次第にヨーロッパや日本(1961)へと普及した。米国では数十年の議論の末、1964年に部分的な国民健康保険が実現したが、被保険者は老年者と低所得者(メディケアとメディケード)に限定。そのため、国民健康保険が適用されない多くの米国民は、民間の健康保険を中心とした独自なヘルスケアを実践しながらも、全国民に適用されるユニバーサルケアを望んでいた。それから半世紀を経て、オバマ大統領の政権下、ようやく法律(Affordable Care Act)が承認されたのである。
しかし、法律は反対勢力によって国民を二分する争いに発展、最高裁判所で判決がでたのは2012年の7月であった。その状況を「アセナ学術セミナー:シリーズIV」でとり上げた所、2年経過した今も少なからぬ人々が関心を示している。TPP交渉が進行している現在、現場におけるアメリカのユニバーサルケアの光と影を知ることは、今後における日本の医療の方向性を判断するために重要であると思う。そこで、去る6月、そして7月下旬から9月初旬にかけて現地で行った調査から、オバマケアがヘルスケアにどのような変化をもたらしているのかを報告し、TPPによる今後の日本のユニバーサルケアへの影響について考察する。
 

序 論:なぜ、アメリカではユニバーサルケアが困難か

 
  オバマケア実践の前提として、読者は「医療は文化である」というドイツ人医師ウィルヒョーの有名な格言の意味を理解してほしい。詳細は『医療の比較文化論(久間圭子著、世界思想社)』の中で述べている。本セミナーでは、日本とアメリカというまるで異なる国民性や文化を持つ二国間の乖離について「市場原理」と「創意工夫」という二つのキーワードに絞って考えてみたい。
  市場原理:イギリスでユニバーサルケアが実施された当初は、まだ、高度医療が発達していなかったので医療費は限られた額であった。その後、アメリカがリードして急速に発達した高度医療は、巨大な社会資源を必要をするようになった。ヨーロッパや日本と比較して国土が何十倍もあるアメリカでは、救命医療における搬送さえ一大事。搬送から高度医療技術、その技術を実践するために医師を中心とする多様な専門職の教育、入院施設の建設や維持も莫大な費用を要する。そのため1964年にメディケードとメディケードが実践により医療費が急騰、以来、医療費抑制が最大の政策となった。今では、救急車の費用は患者による負担があたり前で、救急車の費用を支払うために何年もかかった人も少なくない。また、医師の養成にかかる教育費も膨大で、ローンを終えた頃には子どもが大学へ入学する年齢になったというケースも多い。
  創意工夫:欧米の先進国や日本を除くと、世界のほとんどの国家でユニバーサルケアは実施されていない。そうした国々ではプライマリ・ケアが中心となり、キーワードは予防と医療における「創意工夫」である。彼らの「創意工夫」の精神と民族性を反映した医療の実践、発展途上国における生と死についても、『医療の比較文化論』でくわしく述べている。

ところが、先進国でありながらも医療における市場原理が優勢なアメリカでも、医療のあらゆる面で「創意工夫」が行われているのである。例えば、部分的な国民健康保険が実施された1960年代から、健康増進は国民運動となり、今ではあたり前と考えられている。州の職員として長い間保険料は無料、その後もグループ保険料は医療を受ける内容によって少額でよい選択肢があった。全国から集まる学生は、少ない保険料で医療を無料でを受けられる工夫がされていた。私が働いていた大学のクリニックでは、医師の診療と学生参加型のウエルネスが一体となって行われ、年間の保険料は200ドル以下。それでも救急医療や入院費がカバーされた。オバマケア(米国初のユニバーサルケア)の実践においては、創意工夫が一層強化されているように見えた。具体的な方法については、次回のアセナセミナーで述べることにする。

 
結 語:今回はアメリカのおける「市場原理」と「創意工夫」という原理を紹介し、ようやく歩き始めたアメリカのユニバーサルケアの特徴を述べた。過去半世紀に渡りアメリカの高度医療を輸入してきた日本の医療も、TPPの拡大によって少なからぬ影響を受けることは必須である。日本の医療事情に新たな指針を提供できるように願っている。[KK.HISAMA.2014.10.15]

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