第4回 随想文学の古典にみる男女の情愛:概論

第4回 随想文学の古典にみる男女の情愛:概論

 時代的な背景

 「生きるために食べよ」という格言があるように食は命を支える。しかし、世代を越える命の連鎖は、男女の情愛が基本となる。それは、今日まで主として物語というかたちで語り継がれ、書き継がれてきた。清少納言は紫式部(『源氏物語』の作者)と同じ時代を生きた女性で、二人とも宮廷の最高位に位置する中宮さまに仕えた。続く中世に生きた長明と兼好の作品は王朝時代の流れを汲むが、中世という不穏な時代に生きる「無常感」が強く出ている。

  時代は一夫多妻制度、医学が発達していないためか伝染病や出産などで、十代や二十代で死亡する人も多かった。貴族社会では、自分の社会的な地位と子孫繁栄のために、結婚というかたちによって継承者の順位を決めるのが慣わしであった。また、王朝時代の最高者である天皇、権力を握る摂政関白など実力者も早死、それに従い職を退いた人々も多い。出家が常であり仏道へ入ることが多かった。現在の退職に似ているが、三十代、いや、二十代の人でも出家した点が異なる。死や出家は、社会生活との決別であり、別れに伴う深い嘆きは「もののあわれ」として身にしみたであろう。

  これから数回に渡って、王朝文学とその流れを継承する三大随想文学古典の中に、男女の情愛を探ってみたい。今回は、これら古典文学にみる男女の情愛の特徴を展望し、次回から個々の作品について具体的な内容を述べていく。

 

清少納言(996-1025頃)

 人々が悲しみや喜びなど心の表現を音楽や和歌に託した時代、有名な歌人の家柄に生れながら、和歌ではなく、随筆の世界に自らを切り開いた清少納言の功績は偉大である。『枕草紙』は、作者が20代後半から30代前半まで、華やかな宮廷サロンで直々中宮に仕えた当時の作品。物語のような貴族の世界においても、清少納言は貴族の死や出家を身近に経験したのに、『枕草子』の内容は中宮定子を中心とする美的世界に焦点を当てている。全体としては、とても明るく機智に富み、知性豊かな女性のものであり、他の作品と一線を画す。個人が自分をとりまく現実の世界を語るためには、大変な勇気が必要であることは昔も今も変わらないので、『枕草子』の貢献は大きい。

  清少納言が語る男女の情愛は、中宮定子のサロンに出入りする貴族の男性たちと自分の知的・情的な交流が多いが、源氏物語のような場面がいくつかある。多妻制度は、男も女も同姓と競争しなければならない。貴公子たちが美しい直衣(のうし)をオス鳥のように着飾り、教養でも和歌・漢籍の知識、音楽から筆がきなど、自己の才能を磨いた男性の様子が詳細に述べられている。自然の摂理の下、短い人生に輝く男女の情愛が生きいきと描かれている。『枕の草紙』の具体的な内容については次回から述べることにする。

 

鴨長明(1155-1216)

  『方丈記』は「人とすみか」という主題を根底に、自分が生きた時代の世相と自伝的記録である。長明の最晩年の作品で、論理的かつ格調高い文章は約一万字ほどの短篇、世の無常を基調としている。長明は京都下鴨神社のトップ鴨長継の次男、歌人で琵琶の名手として世間の注目を集めたが、職務に関するもつれから五十歳で遁世した。『方丈記』では男女の情愛についてはいっさい述べていない。ただ、最後の文章は方丈の草庵で仏道に修行する自分をみつめて、「心は濁(にごり)に染めり:訳・心はけがれに染まったまま」と述べるにとどめている。しかしながら、自己の修行のために収録した『発心集』の中で、人々の多様で複雑な心の迷いを述べ、男女の情愛について最晩年を女性と一緒に隠れ家に住んだ高僧の話を伝えている。

 

兼 好(1282−1352頃)

 『徒然草』は、自由な表現様式と出家して得た心の自由を結晶させた随筆文学で、今日まで高い評価を得ている。兼好は三十歳になって間もなく出家して七十歳まで気ままに生きたようである。仏道修行を試みた時期もあったが、京都に定住してからは本格的な和歌の勉強に励み、写本にも力を注いでいる。

  本書はその長い生涯の折々の記録であり、男女の情愛についても少なからない章段がある。内容は男女の仲における処世訓から、和歌に見られる王朝文学の美意識を伝えるものまで多岐にわたる。兼好は、今日のような結婚という形ではなく、自由で趣の深い情愛を理想とし、その背景となる季節や人生の移り変わりを洞察している。長明と同様に、根底には無常観がある。男女の情愛を述べる随筆の中で、兼好は王朝文学の伝統を追求している。 

コメント

 日本の随筆文学の古典にみる男女の情愛は、現在のマスコミや商業主義のような女性の肉体を追求する西洋的な考えとは大きく異なっている。美人コンテストの勝者ではなく、荒れた庭の古い家にひっそりと住む女性であり、デパートで宣伝する強烈な香水ではなく、何処からともなく漂う芳香が伴う。それは、道を歩いていると漂ってくる金木犀(きんもくせい)の匂いのように心地よい香りであろう。出会いの時間帯も夕方から夜明けまで、月の光、雪明りなど、自然の光りの中で相手が見える季節を背景としている。自然な芳香と自然の灯かり、その中で語り合う男女の声がかすかに聞こえる・・・知的で趣深い男女の情愛である。

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