第4回 医療費半分健康倍増の方法:前編

第4回 医療費半分健康倍増の方法:前編

はしがき

  私が渡米した頃は、故池田首相が「所得倍増」を掲げ経済大国を目指していたが、日本はまだまだ貧しかった。暖房はこたつ、テレビは普及し始めたが、近所に車を持つ人はいなかった。所得倍増は画期的な経済政策であったが理念がないため、池田首相は国際社会で「トランジスター商人」と批判された。同じ時期に成立した国民健康保険も商業主義によって、医療費は所得増加をしのぐ増加の一途をたどっている。健康ブームによって新聞・雑誌に掲載される健康と医療の記事も医療費に負けない勢いで増加、各地の図書館は医療関連の書籍が所狭ましとばかり陳列されている。それでも病人は増えるばかり。今年も新年早々から、新聞では「無駄な診療の防止」と「心の病」の二つを言及していた。国民健康保険が成立してから半世紀近く経った今、医療制度の破綻を訴えている*1
医療制度は、医療の原点に戻って健康とは何か医療とは何かを、医療者サイド、消費者サイド、官僚サイドなど、すべての人が真剣に考えないといけない。国民健康保険が成立してから半世紀の医療政策は、医療者サイドと官僚サイドの闘争の歴史であり国民のための医療は実現していない。今回のセミナーでは、生活者の視点から健康と医療の理念を考え、医療費を抑えながら、どのように健康増進するのかについて考える。セミナーは前編と後編に分けて、生活者である国民のための医療について具体案を考える。

注1.特集:病院が崩壊する、中央公論、2007.6、pp24-71

「心の病」における医療の限界

私が研究グループのメンバーとして、フィリッピン大学と協力して災害の研究をしていた頃、フィリッピンを訪問したことがあった。その時マニラに住んでいた精神科医から聞いた興味深い話がある。現地で働く日本人の間でうつなど「心の病」が多かったが、日本文化輸出の波に乗って、「カラオケ」「すし」「ラーメン」店が次々に開店したら病人が激減したという。アメリカでは博士課程の知人は右腕にしびれを感じていた。なかなか回復しないので医者に受診しようと考え電話したら、初診料が二百ドル以上と聞いたとたんにしびれが消えたという。
「心の病」に関連して、精神科医や臨床心理士などの「専門家」による心理療法やカウンセリングをきびしく批判する著書がある。ベテラン臨床心理士による著書で、二冊のタイトルは、心のケアの多くは「心を商品化する社会」の技術に過ぎない、「『心の専門家』はいらない」である。自分が精神病である作家は『精神科医はいらない』という本を書いた。「こころ」だけではない、体の病気でも効果のない無駄な診療が多い。国家プロジェクトである「予防検診」は「呼ぼう検診」となり、基準値を変更すれば患者数を増加しビジネスにつながる。風邪やアトピーなど多くの日常病も早期なら簡単な自家治療で医者はいらない。医者たち自身も、食事・温熱療法、漢方を教える「医者はいらない」著書を次々に出版されている。
医療の専門家はいらないはずはない。問題は「病気の基準」のあいまいさと専門性の低い診療が問題なのだ。第二回のセミナーで述べたように、西洋四カ国の医療においても、病気の基準はあいまいな場合が多く、病名はどの国かによって異なってしまうことが少なくない。病気の内容が体から心へと移るにつれて、病気の基準はいっそうあいまいになる。今回は、「心の病」を中心に、心の病の社会心理的な側面を考える。
 

「心の病」の社会的な側面

 
 病気は初期の段階で本人(又は、母親などの代理者)が、病気かどうか、病気の程度はどれほどかを判断する。医者に行くかどうかは、本人の意向が決定的な役割を果たす。決定に影響するのは、過去の経験や社会のしきたりである。近くに医療機関があるか、費用は誰が払うかも受診に重要である。アメリカの脱精神病院化が広まった一九六〇時代、日本の公的精神病院では医者の脱病院化があり、全国に個人病院を開設した。その結果、日本の精神病床数が増加し、入院日数は世界に例を見ない長期となった。
 病気に対する社会的な偏見もある。昔から精神病は一家の恥であり、兄弟・姉妹や親戚の結婚にも影響する。阪神淡路大地震の後で神戸市内の避難所では、被災者が精神科医を敬遠するので、神経科医と名乗って避難所を回ったというエピソードがあった。ドイツでも精神病は恥であり、精神科医は神経科医とか心理士と名乗るという。どうしても診療を受ける精神病もある。統合失調症の症状が明らかであり、治療においてもアメリカで開発された抗精神薬の治療効果が期待できる。
一方、うつ病は個人差が大きく、薬物が必要な場合と、薬を使用しないで社会心理的なアプローチが良い場合がある。今の医療制度では、「心の病」は保険診療ができる精神科医に丸なげされているのも問題である。精神科医の専門は診断と薬物治療であり、「心」を治療することなど無理な話である。
 

アメリカの脱病院化

 
 アメリカの精神病院で起こった脱病院化は、日本とは全く反対で興味深い。脱病院化はなぜ起こり、どのように進められたのか。アメリカでは民主主義の原則である個人の権利に敏感であり、ニ○世紀の初期から精神病院という隔離された施設における治療が批判されるようになった。こうした批判は映画「巣を飛び出たカッコウ」に見られる。抗精神薬がなかった時代、精神科医が行う精神分析やカウンセリングもニ○世紀の初期から批判された。そのため、カウンセリングはソーシャルワーカーや病院のナース、心理士が早くから行うようになった。
ヨーロッパで自然環境療法が盛んに行われた頃から、アメリカでは精神疾患は脳における生化学的な変化と考えられ薬の開発が進められた。ニ○世紀半ばになって抗精神薬が次々に開発されると、精神病の人たちは社会で生活できるようになり、大掛かりな脱病院化が可能になったのである。精神科医は診断と薬物治療の専門家と位置づけられ、カウンセリングや心理療法は、臨床心理士やカウンセラーが担当する。社会的に認められるために、臨床心理士は博士課程にまで格上げされ、臨床重視の研修によって専門性が高めた。精神病院では医者がさじをなげたケースを行動療法で治療し専門家としての地位を固めた。
脱病院化の受け皿となった地域ではコミュニティ・メンタル・ヘルス・センターを開設し、カウンセラーやナースによる公的なサービスも始まった。精神科医は町のクリニックで診断と薬物療法を担当し、長期のカウンセリングはカウンセラー、薬物療法は地域看護師がモニターするようになった。臨床心理士、カウンセラー、ナースは、専門職としてチーム医療の構成メンバーに位置づけられている。精神科医と違いは、薬物を使用しない診療である。
 

「心の病」と専門家の限界

 
 日本でも心理テストやカウンセリングにおいて、心理士やカウンセラーが協力するようになった。しかし、「心の病」の治療における専門家の限界については先に述べたニ冊の著書に克明に記述されている。これらの著書では、「心の病」の複雑や、アメリカから輸入されたカウンセリングや心理療法では、日本人の心の問題は解決できないことに気がつく。下記のような問題点が考えられる。
1.人間関係の社会
日本人の国民性から考えると、カウンセラー・クライエントの関係において心理学的技法を持ち込むこと自体が問題である。迷える相談者と「正しい専門家」の人間関係はあくまで権力関係である。カウンセリング手法は話を聞いて「自己決定」に導くが、権力者であるカウンセラーが示唆する。専門家個人に依存する心理療法によって、クライエントが必要な社会における人間関係はよくならない。
2.社会問題を解決しない自助努力への圧力
お互いが値踏みする競争社会がもたらした問題を、個人の問題として努力を強いる。日常の人間関係こそ「心の病」を快復する最良の方法である。しかし、非現実的なカウンセラーとクライエントの関係は、社会から閉ざされた関係を助長している。
3.「関係」の商品化
アメリカでは個人主義を強化するが、日本のカウンセリングは依存と安らぎを得る場となっている。カウンセリングはやさしい人間管理の技法として、日本の文化の甘えと依存を強化する危険が大きい。
  
カウンセリング依存がもたらすもの
 専門家という権威者による治療は、彼等のサービスに依存し自分の生き方を委託することになる。果たしてそれがその時の自分に最良の方法であろうか。臨床心理士だった小沢は虐待を例にとってこの問題を追及している。親子や夫婦の関係だっていつも良好とはかぎらない。親は子どもを抱きしめたり怒ったりするが大概は折り合いがつくのが普通である。重要なことは、関係の場が閉ざされていないこと、すなわち、家庭は近所の人や友人、親戚と横のつながりがあることだ。この条件が満たされないので、虐待はひそかに通報され、専門家が「虐待防止マニュアル」によってひそかに対応する。本当は親子の生活条件や社会に開かれた人間関係の改善に目をむけるべきである。
 

「心の病」への対処法

 
 心の病の原因となるストレスや人間関係の悩みは発達という旅路で出会う天候不順で、雷雨や雪、嵐である。旅する毎日が晴天であり、雨や雪は誰かに頼めばすぐにも止むので自分は安全な旅を続ける・・・。生きるということは、そうした幻想は捨てて自然の脅威に耐えながら旅することである。避難して待機すれば長い時間がかかるかもしれない。不天候に出会ったらすぐにも誰かの助けを求めるとか、旅を中断して即解決することではない。安全な旅をするためには、それなりの準備が必要であり、自分に適した旅の目的地、時期や方法、仲間など様々な工夫が必要であろう。
 『「心の専門家」はいらない』や『精神科医はいらない』という批判を真摯に受け止めたい。精神科医など心の専門家は、日本人の心を癒すために必要な技能や貢献を周到に考える教育制度、社会に貢献する研修制度も必要である。「心の病」は実に広範なもので、薬の専門家である医者ができる部分もあるが、できない部分が遥かに多い。臨床心理士やカウンセラーが輸入された教育に頼り、日本人の深層心理には迫ることができないのでは、本当の専門性とは言えない。
 「いのちの電話」は1972年に発足したボランティアによる電話相談で、各地に広がっている。ボランティアの養成と指導は充実している。あくまで公的な無料のサービスであり個人の存在そのものである「心」の理解を基礎とする。心の病は医療施設における医者―患者という閉ざされた関係ではなく、地域住民が積極的に参加する開かれた社会を実現することである。ボランティアによる「いのちの電話」は、そうした可能性をもっている。

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