第1回 日本の神々:中編

第1回 日本の神々:中編

「宗教のない日本人」が海外へ進出を始めると「トランジスター商人」など国際社会の誤解を生んだ時代があった。今では日本人の宗教として神道を世界に向けて発信し、学問的に紹介する国際的な動きがある。これは明治時代に武士道を紹介した新渡戸稲造や、「禅」の研究と著述に専念した鈴木大拙に続く国際社会への発信であり、日本人の精神世界の高揚と尊敬を得る重要な変化である。

 

政治によって歪められた神道

 
 日本の神々を祀る神道に徹底的な衝撃を与えたのは、明治の為政者たちが、日本人の精神を統一するために「国家神道」を打ち出し、国民に強要したことである。国家神道とは古事記の神話にある天照大神を祖神とする天皇を神道の最高神官として、忠誠や献身といった感性を養うことを目的としている。天皇の肖像は聖像として崇拝され、1890年に出された天皇の勅語が聖典として学校で教えられた。
 国家神道という奇妙で非現実的な体制は、第二次世界大戦中に頂点に達し、1945年の敗戦によって一瞬に崩壊した。占領軍は国家神道を完全に破壊するため、天皇は人間であり、いかなる神格も有しないことを宣言するように求めたのである。これは日本人古来の宗教である神道が本来の姿に戻った感がある。元来、神道では無数の神霊を祭った神社があり、人々は自然界の万象や祖神を崇拝する。天皇の人間化は、むしろ古代の文学にあり、『古事記』によって西暦712年にすでに起こっていたと考えられる。
国家神道の破壊によって生じた最大の問題は、日本が巨大な精神的アノミー社会となり、それを埋める過激な思想や、新しい教団が出現し、国民の間に亀裂が広がったことである。
 

英国ケンブリッジ大学教授による神道の研究

 
 C.ブラッカー博士はケングリッジ大学の東洋学部の教授で神道の研究者である。神道の研究を始めてから30年、博士は神道の神々への畏敬の念をもち、神道の教えについて深く洞察している。「神道と日本文化」という国際シンポジウムでは、神道における自然の聖なる次元について次のように述べている。
 
   もともと神道という言葉は、宗教的な信仰・崇拝において、幾多の自然現象や日々の事柄を対象にする。神道の神々は無数の神社に神霊として祀られ、 
   霊的な起源も多種多様である。神格化された祖先や他の人格者、神聖な木々や湖水や石、怒れる怨霊(おんりょう)さえ含んだ。神とは聖なるもの、畏れるものとされ、
   この考え方は遠く有史以前にさかのぼる。現存のものまですべてが神という一般名称で呼ばれる。  
 
 神道は平和な宗教として独自な方法で自然を敬い、日本の文化、文学、民間の伝承に活力を与え、それらの伝承に貢献している。国家神道は日本文化の伝承とは相容れない全体主義的な狂信であり、国家を破滅に追い込んだのである。国際社会にとって神道は恐れるべき宗教ではなく、より古い普遍的な要素をもつ日本文化の重要な部分である。神道は自然に対する畏敬の念を呼び起こし、人間は自然の一部分であり自然を搾取すべきではないことを教えてくれる。キリスト教の宣教師が宗教として尊敬しなかった神道は、もっと本質的な宗教であり、我々が気づかない真実を秘めているとブラッカー博士は述べている。
 

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