第3回:幸せを約束する歯科医療:前編

第3回:幸せを約束する歯科医療:前編

はしがき

 序章で述べたように、国際社会に生活した私の経験から見て、日本の歯科医療は大きな問題を抱えている。この問題は年齢と共に悪化し、気づいたときには取り返しができないので、まずは国民全世代が認識する必要がある。歯で噛むことの重要性については、すでに唾液の科学的研究によって明らかにされている*1。よい歯による咀嚼は食べる喜びを与えるだけではなく、生活習慣病や癌の予防に効果があることが、動物実践によって実証されている。美容にも大きな効果がある。それにもかかわらず、国民健康保険が始まってから半世紀近いのに、合わない入れ歯、前時代的な予防歯科による歯周病の蔓延など多くの課題を残したままだ。

 超高齢社会を迎え老年者の口腔ケアの重要性が少しずつ注目をあびるようになった。これは訪問看護の普及によって意識されるようになったもので、今後の医療政策の重要な課題である。歯の国民運動は今から十年前に八〇ニ〇運動として全国に広がり、二〇〇〇年には、二一世紀の国民健康づくり運動として各地で進められている。この運動によって多くの人が歯の健康を意識したが、日本の歯科医療が変わらない限り、問題の解決にはつながらない。それどころか、残った歯のケアは深刻な問題をはらんでいる。

 昔は老年者のほとんどが総入れ歯であった。入れ歯であろうと自分の歯であろうと、全部揃わないと歯は機能しない。それで、私はこの運動を知ったとき、何かおかしいと感じた。誤解をまねくような八〇ニ〇運動は、アメリカでは一度も聞いたことがない。老年者の残存歯を維持するためには、高度な歯科医療技術が必要である。欠損した歯が多いほど大変で莫大な費用がかかる。残存歯数を全歯に近づけるためには、永久歯が生える前の幼児から予防歯科が必要である。歯の健康には毎日の口腔ケアと定期的なメンテナンスが欠かせない。しかしながら、序章で述べたように、日本の医療制度では歯のメンテナンスはすこぶる困難で現実的でない。

 今回と次回のセミナーでは日本の歯科医療の課題を、前編は予防歯科、後編は高度歯科技術と口腔ケアに分けて述べる。

 

予防歯科の文化ショック

 私が三○年に渡たるアメリカの生活から得た恩恵は何だったか、それは帰国して生活している中で次第に明らかにされた。その一つがおいしい食事を生涯自分の歯で噛む喜びである。この喜びを生涯つづけたい、すべての日本人がこの喜びを知る日が来るように、それが私の切実な願いである。私の幸せな歯科医療はオリンピック開催の年、歩き始めた長女と一緒に渡米した後に経験した文化ショックに始まった。それは、夫の親友が自宅で開催したパーティーに参加し、そこで一人の美しい女性と出会ったときだった。

 内気な私はパーティーでは文字どおりの「壁の花」、人だかりを離れて隅っこに立っていた。しばらくしてYさんが笑顔で近づいてきた。圧倒的に男性が多い心理学部博士課程で学ぶYさんは、男性たちのあこがれの的ということを聞いていた。彼女は当時まだめずらしい日本人留学生の妻に会いたかったようだ。あいさつが終わると、「貴方の歯はとてもきれいね」と言う。日本で一度だって歯をほめられたことがなかった私は一瞬戸惑ったが、反射的に「サンキュウー」と答えた。この出来事によって私はにわかに歯を意識するようになった。Yさんのフィアンセを紹介されたが、彼は口一杯に金具があり醜男に見えた。金具がクルマ一台の値段に近い歯の矯正装置であることなど、当時の私は毛頭知らなかった。

 こうしてアメリカでは自然歯が美容の重要な条件であることを意識したが、毎日の歯磨き以外はどうするのか考えなかった。母は三〇代の終わりに総入れ歯をしたので、私も年とったら入れ歯は当たり前と考えていた。そんな私が予防歯科の実際に紹介されたのは、Yさんに会ってから三年後、夫が博士課程で学ぶために一家で東海岸のヴァージニア州から西海岸のオレゴン州に引越ししてからだった。一九六八年春のことだ。アメリカの大学院の学生は社会人が多く、皆、妻子をもっていたので、大学側はニ世帯家屋(デュプレックス)を新築した。家の周りは手入れの行き届いた緑の芝生が広がり、子ども達は同年の友達とのびのびと遊んでいた。

 長女の親友はハイデーという名前で、ふわふわの金髪と青い目のカナダ人、お母さんはハイデーそっくりの美人だった。ある日、ハイデーを近所の歯医者に予防のための検診に連れて行く、その歯医者は子どもにとてもよい、自分は大人によい歯医者に行ってクリーニングをしてもらう。歯の健康において予防が如何に大事かを教えてくれた。「なるほど」と考えた私は、ようやく予防歯科の方法がわかり、子どもによい歯医者のアポをとって長女を連れて行った。自分と夫は大人によい歯医者を紹介してもらった。この時から一家四人の歯の健康が保証され、娘達は生涯を全自然歯で過ごせる運命となったのである。

歯科医療の逆文化ショック

 帰国して国立大学の教授に就任した私は、医学部のエリート教官が出席する教授会に出られる恩恵にあずかった。驚いたことに、彼等の歯は社会的地位の高いアメリカの大学教授の場合と違っていた。口の中に金属が光っているが、それは矯正用具ではなく虫歯の治療法らしい。合わない入れ歯も悩みの一つで、ある著名な教授は話していると上あごの歯ががくがくとしていつ落ちるかとはらはらした。会議中も近くに座る教授の口臭が気になった。他大学でも司会者の口臭が小さな会議室一杯に広がることがあった。十億円の資本金をもつ会社社長も、上あごの歯がニ本抜けて社長らしい風格がなかった。毎日のように会う店員や駐車場係の口臭・・・話すときはできるだけ離れるようにしている。歯周病は二十代の人も例外ではない。

 私の驚きは、アメリカの歯科医たちの言葉からも伺える。彼等は同朋である私に聞く、「アメリカに留学できるようなお金持ちの日本人学生が、なぜこんなにも悪い歯を・・・」。ある外国の高官は、日本の外交官の歯周病からくる口臭で閉口したともらしていた。これでは、どんなに言葉が達者でも、よい国際社会でコミュニケーションができないだろう。口臭について釈迦の逸話がある。座禅をする弟子の口臭によって集中できないと言って、釈迦は弟子達に爪楊枝で歯をきれいにするように教えたという。釈迦の入滅が紀元前三八六年ならば、ニ四○○年前のお話である。これでは日本人の口臭事情は、数千年前とあまり変わっていないようだ。

 アメリカで歯をほめられるようになってから、私はいつも父の見事な白い歯を思い出して、夫に自慢していた。病気がちな母に代わり、家事・育児の大部分をひきうけた父は、子ども達のしつけや教育にも熱心であった。極度にものが不足していた時代、教員講習会で県下(県庁所在地)に行った父が買ってきてくれた小さな赤い歯ブラシを手にした喜びを今も覚えている。渡米から十三年目に一家で日本を旅行したことがあった。東京から夫の故郷のある九州へ、そして東北へと長旅をして久しぶりに会った父、私は父の笑顔の中に白い歯を捜した。しかし、私が見たのは、口腔に広がる萎縮した茶色の歯だけであった。

 そのときの父の年齢をはるかに過ぎた今も、私は日本をでたときと同じ白い自然歯を持っている。父の歯との違い考える度に、ありがたくもあり悲しくも思う。それは、日本人の歯科医療を変えたいという勇気と情熱となって私の中にあるのかもしれない。

予防歯科の国民運動

 昼と夜があるように、生活においても基本的には昼の活動と夜の休息・睡眠がある。その中で最も時間と費用がかかる活動は、食べる・飲む行為とそれに関連する排泄や清潔などの行為である。医学では栄養に主眼が置かれるが、人々にとって、おいしいものを食べる喜びは、関連するイベントや旅行、年中行事などである。おいしく食べる歯の健康こそQOLの中心である。多くの人々の幸せは、毎日の口腔ケアと定期的な検診・早期治療によって丈夫な歯を維持すること、そして丈夫な歯をフルに使用すること、それから得られる健康である。

 無料で大きな健康効果が期待されるのは、歯ごたえのあるおいしい食事をよく噛むことである。噛むことによって唾液が分泌されるので、ヨーロッパでは噛むことの物理的作用と、唾液による化学的作用による健康効果が早くから知られていた。一九世紀半ばからフレッチャーというアメリカの実業家は、おいしい料理が好きで肥満になり体調不良になった。彼は贅沢をやめて、自然の食材を楽しく、ゆっくり噛むことで健康になり、人々にも教えた。フレッチャー理論として知られた十一項目は、今では科学的に実証されている。十一項目のうち、八項目は噛むことに関連している。噛むことで、味を楽しみ満足感がある。その証拠は便にみられ、便秘をしない、量が少ない、臭くないなどであり、食物繊維が多い便は水面に浮く。

 咀嚼による健康への効果は、体が強くなり病気にならない、容貌が美しく若い、気分晴れやかで毎日が幸せである。今になってその科学的根拠がわかり、唾液が活性酸素を消去し、生活習慣病やがんを予防している。容貌についても、あごの美しさや肌の健康、左右のバランスなどがある。最後に『噛めば体が強くなる』*1 の著者、西岡一の歌からヒントを得て、私が作詞した歌を紹介しよう。メロディは日本の童謡「うさぎとかめ」で。

もしもし噛めよ 噛みましょう
噛あんで食べれば 胃にやさしい
癌を予防し 顔きれい
笑顔であいさつ ラン・ラン・ラン


*1 西岡 一、噛めば体が強くなる、草思社、2003.10

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