第4回 宗教と女性の身体性:後編

第4回 宗教と女性の身体性:後編

宗教と女性の身体性:後 編

 
  仏教や儒教の影響をあまり受けなかった民間宗教では、女性の身体性は通過儀礼として大切にされ、初潮は赤飯でお祝いをした。出産も生命力と生産力を象徴するもので、お産は産屋(うぶや)で神の加護のもとにするという神聖な場所であった。古代遺跡から発見された土偶は、乳房と妊娠を表す大きなお腹が表現され、女神の分身と考えられた。土偶を壊して埋葬したのは、女性への畏敬の気持からであったと考えられる。
 

開国期の女性

 
明治維新の前後に日本にやってきた欧米人は庶民生活を目の当たりに見て、多くの記録を残している。それには、お歯黒への批判もあるが、興味深いのは日本女性の実力と着物姿が美しいことである。上流の女性が家で軟禁されているが、庶民の女性は東洋では一番地位が高く、自由で、尊敬されている。町では家内工業だけでなく、売り子、給仕、女中などよく働く。余暇があれば、おしゃべりし、物見遊山や船遊び、踊り、三味線と忙しく、男女はこだわりなく会話し混浴も普通である。よく裸で歩く姿は天真爛漫で、戦後のビキニなど驚くことはない。実質的に亭主を支配していることも観察している。
仏僧が売春行為をしていることもつきとめでいるし、遊女は才色兼備で社会的な名誉であり、大名や豪商に身請けしていることも述べている。
 

日本人の着物姿

 
  女性の着物姿についてクララ・ホイットは女教師や女生徒「小柄な体躯にきっちり調和する衣服の上品さと美麗さ、それから驚嘆すべき程に整えられ、装飾された漆黒の頭髪――これ位この国民の芸術的性格を如実に表現するものはない」(石川栄吉:欧米人の見た開国期日本:異文化としての庶民生活、風饗社、2008、p112)と賞賛している。その一方洋服を着るととんでもない外観で、男性は猿に似ているという。このコメントは当時の偏見である。しかしながら、私が日本を離れていた間に広まったウエディングドレスへの違和感に似ている。特に教会を真似たホテルの建物や、花束・米まきは猿真似としか思えない。
 クララは久保田(現・秋田市)で出会った日本人医師の和服姿を喜び、日本の男は和服を着ると威厳をますが、洋服を着ると威厳を減ずるばかりか、人間というよりは猿に似ていると酷評している。今では男女とも洋服が普通になり堂々と振舞う。しかし、西洋の習慣は知らないまま、夜のパーティドレスを職場や学校で着るなど場違いが目立つ。一方、時と場所をわきまえた着物姿に、日本人の宗教的なアイデンティティを感じる。仕事上はともかく、私生活ではもっと着物を楽しみたいものである。[2011.3]

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