第3回 宗教と家族:後編

第3回 宗教と家族:後編

日本人の深層心理と家族

 

家族の歴史

  日本人の家族心理を深く理解する一つの方法は、庶民の家族の歴史を分析することである。深層心理学を専門とする林道義は、家族の崩壊を憂い、古代から現代までの日本人の家族のパターンを整理している。古代の家族は大きく分けて、母権的な南方型と父権的な北方型があった。南方型は東南アジアの稲作文化の影響によるもので、北方型は中国・朝鮮を経て伝来された騎馬民族の文化の影響である。どちらが優勢であるかは時代の流れと国家の政策によって大きく影響されたようである。
  縄文時代の竪穴住居は、夫婦と未婚の子どもたちが住み、女性は家の近くで労働の中心となり女性の地位は高かった。夫婦で農業を行い定住するようになった弥生時代は、東南アジアの稲作文化では母権制家族と考えられる。このように、母権制家族において、女性は労働の中心になることが重要であったが中世期には武士家族が生れ、家長中心となり、家の名誉や誇りの思想が強化された。武士の妻は家の奥で人事や財産管理をして男女は平等であった。
  平和が続いた江戸時代は、兵農分離や農民の財産私有権によって、小家族化が強化された。これは江戸時代や開国前、開国直後に日本にやってきた外国人の記録が残っている。それらの記録から、庶民の生活を見ると女性は仕事をもってよく働き、よくしゃべり、よく遊ぶ姿が活き活きと描かれている。外国人はお歯黒と眉剃りは女性軽視と思うが、一般に、日本女性の地位は東洋で最も高いと見ている。
このように、庶民の家族では基本的には夫婦と未婚の子という単位が主流を占め、女性の地位は高かった。古代は大家族の中の小家族であり、その後も江戸時代まで農業を中心とする小家族は母権的であり、基本的に男女平等であった。女性が家族労働としての農業に携わらなかったのは、中世の武士団の家族である。それでも、武士が戦いに出ると、女性は子どもたちの教育や一家の責任者となり家族の実権をにぎっていた。平和が続いた江戸時代が終わり明治時代になると、武士団の家族制度が強化され、戸主をリーダーとした悪しき独裁者による家族が見られるようになった。
  戦後、急速に進んでいる家族の崩壊は、古代の中国の律令制を真似た律令国家の時代の家族事情に似ているという。律令国家の官人は土地をもたなかった。一方、国民は六歳で耕地を借りて税金をはらうシステムが導入された。その制度によって拝金主義の世の中となり、家族のきずなが失われて行ったとされる。人々の心がすさんだ当時の世相は『日本霊異紀』に詳細に記録されている。家族のきずなを願う山上憶良の歌は、そうした時代を背景とするものである。
 (しろがね)・802)(くがね)も玉も何せむに 勝れ(まされ)る宝 子にしかめやも (万葉集、巻第5
 

家族の復活に向けて

 女性と子育て

  女性たちは、妊娠・出産・育児を通して、神と交流しながら生きてきた。開国時日本に来た西洋人の観察では、上流階級や武士階級の女性たちは家の中で「軟禁状態」であったが、庶民の女性たちは、家事・育児の他に農業や家業に従事し活き活きと生活していた。武家の女性は、夫の留守が長いので責任をもって子どもたちを守りきびしくしつけた。子沢山の時代では伯父や伯母などの親戚や、祖父や祖母も重要な役割を担った。
  戦後に始まる少子社会の核家族では、専業主婦と子どもが孤立する。日本の労働形態では残業が普通で週末も働くので、仕事をもつ男性は子育ての機会さえ失う。深刻な問題がある。人間形成にインパクトが最も大きい乳児期・幼年期のしつけは両親にゆだねられるが、現実問題としてやはり夫か妻のどちらかが舵をとるのがよい。「お父さんの愛はお母さんを通して子どもに与えられる」という考え方は現実的であるが、夫婦が協力しできるだけ直接かかわる方がよい。悠久の自然の中で家族の営みは、生物的な遺伝子と社会的な遺伝子を伝えていく最も基本的かつ重要な場である。夫婦はこの真実を意識し、子育てに生きる意味を見出してほしい。そのためには、家族を囲む社会や政治の役割が重要ではあるが、それ以前に家族を大切にする人々の熱意が不可欠である。
 

女性と看病・死の看取り

  最初の産業社会を実現した一九世紀のイギリスでは、実に二人に一人の乳幼児が死亡した。貴族の家柄に生まれたナイチンゲールは、華やかな社交界ではなく、産業社会がもたらした大都市の劣悪な環境とそこで命をおとす子どもたちに目を向けた。当時の貴族は多くの使用人を含む大家族で、家族の病気は家の中で治療され、育児と看病、そして死の看取りは女性の重要な仕事であった。
核家族になった今もこの伝統は続く。家族に囲まれて生き、自分が死ぬときは妻や子どもたちに看とってもらえると考える男性は「融通(ゆうずう)無碍(むげ)」に生きられるかもしれない。しかし、女性は若くして妊娠・出産・子育てをし、年老いて夫や双方の両親五人を看取り、最後は一人暮らしをして亡くなる宿命にある。もちろん一生の間に起こる家族の病気や老いの介護も含まれる。女性にとって宗教の意味は重い。女性の仕事は金銭に換算できない尊い仕事である。
  世界的に有名な建築家黒川記章は中年になって同年代の女優若尾文子と結婚し、三〇年の生活を共にして亡くなった。自然と人間が共生する見事な建物を世界中に建てた建築家黒川は、結婚する理由として「自分が死んだ後、お墓まいりに来てくれそうだから」とつねづね言っていたと言う。世界中にモニュメントを創造しながら、自分を看とり弔ってくれる妻が心の支えであった。
  会社人間となって妻や子どもを無視し、身体的・精神的な暴力をふるうのが当たり前と考える男性が少なくない。彼らがもっと家族に目を向け、妻への感謝の心を有形無形の形にするならば、女性はもっと活き活きと働き、多くの健康問題や社会問題は改善されるであろう。それは家族を大切にする感謝の心、すなわち日本人の宗教心を根源とする生き方によって実現されると思う。

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