第3回 宗教と家族:中編

第3回 宗教と家族:中編

はじめに:混迷する日本人の家族思想

   戦後の憲法では、西洋思想の根底をなすキリスト教の影響によって個人主義の家族を謳い、伝統的な家制度を廃止した。家制度に深く影響した宗教は儒教である。仏教は女性を差別し僧侶の妻帯や子どもを禁ずるので、家族に対してはむしろ否定的である。仏教が教える遁世思想は、孤立する核家族やセックスレスの夫婦関係に影響しているのかもしれない。日本人の深刻な家族問題の背景には、伝統的な儒教のイエ制度の崩壊と、戦後の憲法が謳う西洋の個人主義による家族という文化摩擦があるとも考えられる。ところがどちらも日本人の長い歴史に受け継がれた自然な家族の姿ではないという見方がある。

 

儒教の家族思想

  仏教と違い儒教は宗教ではないと考える人が少なくない。孔子を始祖とする儒教は、元来、アジア地域に広くあった祖先崇拝の原始宗教をまとめたものであり、「位牌」は元々仏教ではなく儒教の習慣である。日本に影響した儒教の家族思想は、江戸時代に書かれた『養生訓』の儒学者・貝原益軒が書いた本『女大学』にわかりやすく書かれている。女大学とは今様女子大学ではなく、家制度へ嫁入り前の教育書であった。その影響は、明治・大正時代は絶対的であり、現在も受け継がれている。
『女大学』の中には「七去」という言葉があり、女の道にそむく七つの条件が書かれている。「慎みのないおしゃべり」や「盗む」などはやめてほしいしが、「ねたみ」、「病気」、「不妊」、など誰にもありがちなことまでも離婚の条件とされる。舅・姑に従い自分の意見を言わない、男女同席しない等々は、今でも家族や社会習慣として残っている。近年になって急速に進んでいる女性の出産回避、熟年離婚などは、根強い儒教的家族思想への反発と見ることができる。
それでも、儒教を日本の家族の思想とする著書が今も出版されている。儒教の考え方は多くの男性、少なからぬ女性の間にも色濃く残っている。血族による男系家族、男性優位の保守主義と平行して、清貧や犠牲、親孝行などの家族像は儒教の特色であり、日本人は無意識に支持している。近年になって政府が進めている少子化対策も、根底には儒教の家族思想がある。
 

個人主義の家族思想

 戦後の日本国憲法をみると、儒教的な家族制度をかなぐり捨てて、キリスト教を基盤とする個人主義的家族思想による家族を目指している。しかしながら、儒教的な家制度と個人主義的の家族制度は、いづれも日本人古来の家族制度ではないと考えられる。家族の復権を叫ぶ林道義は、古代から現代まで日本の家族の歴史をふまえる論説のなかで、日本の家族の特性を考えないまま、一部の学者が中心となって憲法で定められた家族の問題点を次のように指摘している。

 国連の「世界人権宣言(1948)」では、「家庭は、社会の自然かつ基礎的な集団単位であって、社会および国の保護を受ける権利を有する」と書かれている。ところが、日本国憲法の中には「家族は大切である」とか、「家族は社会の基本単位である」とは書かれていない。「両性の本質的平等」など夫婦が基本単位という視点はあるが、「命をつないでいく社会の基本単位としての家族」という視点がない。個人の尊厳と平等の「個人」に子どもが含まれるならば、親子の適切な関係が不透明である。

日本人古来の家族思想

 家制度の否定が家族の否定となった経緯について林は、家族制度を封建的だとして解体すべし、と強く主張した二人の民法学者の意見があったという。歴年のアンケートでは、多くの日本人は家族が最も大切であると考えている。祖先崇拝は日本人の宗教の核となる概念である。こうした国民の家族志向は無視され、古代からあった日本的なよい意味の家族制度を忘れ、個人単位社会を目指した日本国憲法が公布されたのは、世界人権戦宣言の二年ほど前のことであった。
憲法を指導した学者たちは、責任の重い西洋の個人主義や、家族の中心となる夫婦愛など本質的な違いを本当に理解していたのだろうか。彼らは、学問や知識は翻訳書、国家の安全は米軍依存、漢方システムによる西洋医療というふうな、日本人の未熟な面を深く考慮したのだろうか。また、血縁を重視し社会から閉ざされた日本の家族と、広く社会に開かれた西洋の個人主義家族の違いを知っていたのだろうか。彼らは表層的に外国の知識を求めるだけではなかったのか。
家族看護を学ぶために多くの日本人看護師がカナダのカルガリー大学へ行った頃のことである。私は国際学会で親しくなったカルガリー大学のある教授から、なぜ日本人は日本の家族を研究しないのかと問われたことがある。日本的事情をよく考えない社会的・歴史的コンテクスの異なる外国の知識や、本から学んだ個人主義に基づく家族思想は、日本人の歴史や社会のコンテクストの中で熟慮されなければならないのではないか。

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