随想文学の古典にみる男女の情愛:枕草子・没落期(最終回)

随想文学の古典にみる男女の情愛:枕草子・没落期(最終回)

はじめに

 父道隆の死(995.4.)により政治の実権はライバル道長へ。道長の娘・彰子(12歳)が女御に(999.11)そして中宮に(1000.2)に、中宮定子は皇后となった。二后並立の緊迫した時代を生き抜いた一条天皇と中宮定子の変わらぬ愛を描き続けた清少納言の驚くべき技。お二人が久々にご一緒のお姿は、ミステリー小説のように、宮廷で起った意外な出来事を述べる二つの興味深い章段の中に見え隠れする。

第七段:上に候ふ御猫は・・・

 一条天皇のお側に伺候(しこう)している御猫はとてもかわいらしい。五位をいただき「命婦のおとど」とよばれていたが、ある日、お守役が呼んでも縁側で横になって眠ったまま動かない。そこで「翁まろ」におどしてもらうことにした。猫はひどく驚きうろたえて逃げた。その様子をご覧になった一条天皇はお猫を自分のふところに入れ、参上した殿上人の男たちに「この翁まろを打ちこらしめて犬島に追いやれ、すぐ」と命じた。宮廷のペットで得意顔に歩きまわっていた翁まろの運命は・・・。

 3〜4日経った日の昼ごろ、犬がひどく鳴く声がしたので、見ると顔など腫れてわびしげな犬がきた。「翁まろか・・・」と言っても聞きいれないので、翁まろはもう死んだと思われた。やがて暗くなり食べ物をやっても食べない。翌朝、目の前にうずくまっている犬を見た皇后さまがしみじみと言った。

「あはれ昨日翁まろをいみじうも打ちしかな。・・・死にけむこそあわれなれ。何の身に、このたびはなりぬらむ。いかにわびしき心地しけむ」

 それを聞いた犬はわなわなふるえて、涙を落としつづけた。やさしい皇后さまのお言葉に犬でさえ鳴く、まして人は人のやさしい言葉に泣くのだとこの章段は結ばれている。

第八三段:職の御曹司におはしますころ、西の庇に

 最も長文でミステリー的章段、同じタイトルで始まる第七四段の後日譚と考えられ、第一皇子誕生に関連する歴史上唯一の貴重な記録とされる。章段の中心は大雪が降った師走十日から翌年一月二十日まで、あちこちで雪山が作られた頃のこと。御曹司でも中宮様のご命令で大きな雪山が造られた。それがいつまで残るかと問われて女房はみな、「年のうち、つごもりまでもえあらず」と言う。清少納言は「正月の十余日はありなむ」とあまりにも遠い日に賭けたが、ひそかに後悔していた。

 雪山造りから消えるまでひと月以上、長い間閉ざされていた一条天皇と中宮様との再会のご様子が日を追って巧みに描かれている。正月三日に内裏にお入りになった中宮さまは雪山の賭けを見とどけることができない。七日間中宮様のお供をしてから、清少納言も里下りしたが、雪山が十五日まで残るようにと必死に守る。十四日の夜、清少納言が使いの者をやったらまだ残っていたので、十五日までという悲願が達せられると思った。ところがその直前に何者かが雪山を取去ったのである。章段の最後の部分で意外な結末に答えるが、一条天皇と中宮様の久しぶりの再会をとりもった人物は最後まで明らかにされていない。しかし、そのヒントは章段の最初に書かれ、読者の探偵手腕が問われているように思う。[2014.6.20]

<主な参考文献>

新編日本古典文学全集18・枕草子:校注・訳・松尾聡 永井和子、小学館、1997
赤間恵都子:歴史読み枕草子・清少納言の挑戦状、三省堂、2013
稲賀敬二:現代語訳・枕草子、学燈社、2006

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