育児の知恵で医者いらず

育児の知恵で医者いらず

はしがき

 「子どもたちの健康は病気の治療ではなくよい育児」母親に育児法を教えることに生涯を捧げた小児科医・松田道雄の意志を伝える書籍がある。「孤立無援六〇年」の間に築いた成果は、「育児の百科」で、最新の医学研究と母親たちの実践報告に基づき毎年改訂が続いた。著者の逝去(1998)から一〇年経過した今も新版が出ており、世代を超える子育てのバイブルである。

 

松田道雄育児学の真髄

 戦時中は軍医予備軍として結核を担当したが、戦後は家業を継ぎ小児科医となった。彼の父は病人から得たお金で贅沢はしたくないと家を持たなかったし、旅行や料亭の食事などのような贅沢はしなかった。医者の役割は的確な診断と患者とのコミュニケーションであり、コミュニケーションは治療においても重要である。松田は「3分診療」では母親の訴えも十分聞けない、治療の説明もできないとして、保険医にはならず本当の自由診療をやり通した。小児科を訪れる母親が必要とするのは、話をよく聞いて育児の知識を与えることである。

 

私は赤ちゃん

 松田が診療をしながらこの本を執筆した時代は、戦時中の「産めよ、ふやせよ」政策によるベビーたちが、結婚適齢期になり戦後の巨大なベビーブームとなる背景があった。ほんの小冊子であるが、育児の視点を大人から赤ちゃんに変えた所が常識を逸している。赤ちゃんの視点から医者や育児に関係する人たちへの辛らつな批判もあり、ユーモアたっぷりだ。内容は生後一年半までを半年毎に三部に分けている。分厚い育児書が氾濫する中で、本書は変わらない育児の基本を述べている。日本中の母親たちが読み続ける著書を3冊紹介する。

 

育児の百科(1999、1967初版)

 索引を入れると850ページに及ぶ巨大な本。『世界の学術研究を丹念に調査して毎年改訂追加された遺書。冒頭に「この本のよみかた」があり、どう役立てるかポイントが書かれている。医者は医学の対象となる病気にはくわしいが、日常生活よくあるような「かわったこと」については学問的追及が少ない。治療は生活の中で母親や本人が対処するのが一番。

 多くの専門家による集積書ではなく、赤ん坊から思春期を卒業するまで、一人の人間を育てる一貫作業を信じる著者が一人で一貫して書いた著書で比類がない。

 

母と子への手紙:乳幼児から思春期までの健康相談(1994.8)

 『育児の百科』が出版されてからも、全国から寄せられた手紙への答えを収集した本で、思春期まで拡大している。手紙は受け取った順に書かれているが、目次は相談内容によってニ四項目に分類され、世界の最新医学情報に基づく安全・安心なアドバイスが多い。項目毎に整理された複数の回答に共通する内容を述べている。

 

おわりに

 松田育児学は医者としての良心とゆるぎない信念に基づいている。松田の信念とは、アメリカの独立宣言に見られる個人の独立や他者の人権尊重、その底を流れる他愛の精神を基盤とする民主主義の思想である。これこそが、開業医として20年間に診療した人々が老年になるまでフォローし、60年に渡って寄せられた手紙や20冊を超える育児書を執筆した結論である。

©2022 athena international research institute.