悲しみの精神史

悲しみの精神史

悲しみの精神史・山折哲雄 PHP研究所、2002.1
幸福と成功だけが人生か・同 PHP研究所、2007.9

 

はじめに

 第二次世界大戦が終った後、新薬の発見や医学の進歩があり、医療の社会保障が拡大していった。アメリカの総合大学では、医学部の肥大化と平行して宗教・哲学の学部の縮小・廃止が進んだ。医師や看護師など人々の生と死にかかわる専門職は、宗教的、哲学的思索や学びが重要である。日本に帰国して宗教や哲学の独学を始めたとき、私は山折哲雄の著書に出会った。アメリカから帰国した彼は、日本の宗教学者として活躍している。

 

日本の人の宗教・哲学

 『悲しみの精神史』は、『幸福と成功だけが人生か』が出版された以前に、同じ出版社から出ている。山折は若いころから通俗の幸福などに何の魅力も感じなかったし、幸福になんかなるものかと思っていたという。不幸な悲しみに耐えている人間、涙をこらえて天空の一点を凝視しているような人間に尊敬の念を抱いた。

 では「悲しみの精神史」とは何か。山折は万葉から終戦直後までの期間における歴史的人物や事件に関する資料を二十一篇にまとめ、日本民族の思想的な遺伝子とも言える悲しみを語っている。その中には第十三話・悲劇の詩人に関する「石川啄木の慟哭」、二十一話・青年学徒の苦悩を語る「敗北を抱きしめた日本人」がある。私は第十二話・「『葉隠』に重なる仏法の精神」を興味深く読んだ。

 

生と死に向きあう

 山折は幸福を売る宗教屋の勧誘を受け、また、成功した経済人に幸福の九十九パーセントは、金で買うことができると言われたが心中で反論する:あとの一パーセントの事故で九十九パーセントの幸福がパーになると。事故とは生命の危機、天災などである。我々は悲しみと孤独の中に癒しや至福の瞬間を見出すことができるという。

 

おわりに

 日本の自殺者数のビークは平成10年代で3万人近い。現在は2万人前後を推移している。自分を支えてくれる宗教も哲学もなく、自殺に追い込まれた悲しい人々が多い。彼らが山折の哲学を知っていたなら、違った生き方に意味を見出し人生の活路を開いたかもしれない。真の癒しや静かな幸福に大切なスピリチュアリティーは、我々の祖先が何万年も続いた歴史の中で、経験してきた貧しさや悲しみの中にあるのではないか。[KK.Hisama. 2008.2. ]

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