「遠野物語」を語る二冊

「遠野物語」を語る二冊

遠野物語の世界: 石井正巳・文、浦田穂一・写真、川出書房新社、2000.8
『遠野物語』を歩く: 菊池照男・文、富田文雄・写真、講談社、1992.2

 

はじめに

  「遠野物語」は、日本の民俗学の祖・柳田國男が明治四十三年に自費出版した本のタイトルである。当時は一部の研究者に注目されただけで、再版は二十五年後のことであった。更に大衆から注目されるようになったのは、昭和三十年代の民俗学ブームによるもので、出版から実に半世紀が経っていた。初版は柳田が遠野出身の佐々木喜善からの聞書きをもとにした物語を編集したもので、百一九話の伝承を収録している。

 

村人たちの日常生活を伝承

  『遠野物語』が高い評価を得た理由は、無作為に昔話を集めたのではなく、世間話、伝説、民間信仰を中心として、村人たちの日頃の喜び、悲しみに直結するものだけを精選しているからと考えられる。昔話と伝説の違いは、伝説は山や森、川や淵のように彼らの山村の特徴に根づいており、村人が真実と信じて自慢できる奇跡である。一方、昔話は時代や場所に関係なく、一定の筋書きによって展開される楽しい作り話である。遠野物語で最も多い世間話や噂話は、村の事件・ニュースであり自分たちの村だけの話である。遠野は盆地のため住民の移動がほとんどなかったので、噂話の対象になっている人間は、何代もまえからの系譜や逸話が語り伝えられたのである。

 

美しい遠野と研究者の運命

  今回レヴゥーした二冊の書は、遠野の美しい写真と文章によって構成されている。読書が苦手な現代派の人たちに、日本独自の文化に興味をもっていただきたいのだろう。石井の著書では、遠野物語の世界を山の世界、川の世界、星の世界、町の世界、として、それぞれ有名な物語を写真と文章によって進められる。一方、菊地はよく知られた関連挿話「河童と淵神伝説」「ザシキワラシの漂白」「山に呼ばれた女たち」などを精選して、タイトルから入っている。どちらも見事な写真で読者を引きつけずにはおかない。

  いずれの著者も遠野物語の熱心な研究者であり、それぞれ独自な貢献をしている。石井は「遠野と民俗学者たち」という部分で、柳田と佐々木の他に伊能嘉短(いのう・かのり)鈴木吉十郎と鈴木重雄、折口信夫、山下久男を紹介している。興味深い研究者はロシヤ生れで、大正四年に日本に留学したニコライ・ネフスキーである。日本研究の中で遠野を訪れ、佐々木や折口とも親しく交流している。日本で14年間滞在して帰国するが、8年後(1937)に逮捕され、それから8年後(1945)に死亡した。遠野出身で豪農の一家に生れた佐々木も、悲劇的な最後を迎えた。

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