第2回 宗教とアイデンティティ ・前編

第2回 宗教とアイデンティティ ・前編

  アイデンティティとはその人の「根っこ」であり、人々を連携させ、生きる意欲を与える。近年、日本人のアイデンティティが大きな危機にさらされたのは、1.一九世紀の半ばに起こった開国と近代化により西洋の思想が高潮のように押し寄せたとき、2.敗戦による連合軍の指導と戦後民主主義による天皇システムと家制度が崩壊したときであった。人々の生活の中にある宗教は、アイデンティティを形成する根源である。日本が経済大国となったのも、自殺や心の問題が急増したのも、日本人のアイデンティティと宗教から説明できる部分が多い。第一章では、日本の近代化・国際化の中で日本人が求めたアイデンティティと宗教について考察する。

 

宗教とアイデンティティの発達

  宗教によるアイデンティティは、毎日の生活の中で家族・友人など他者と交わる中で次第に形成されていく。西洋について言えば、敬虔なクリスチャンは生後間もなく洗礼を受け、幼いときから両親と一緒に教会に行き日曜学校で聖書を学ぶ。家族と共に食前に祈り、就寝前はひざまずいて感謝の祈りを捧げる。食事やマナーなどの生活習慣も、宗教の影響を受けて日々の生活において会得される。西洋文明の中で育った科学者でも、心の奥深く創造主としての神を信じる。宇宙飛行士は宇宙で崇高な神の存在を経験するという。裁判において証言するときは、聖書に手をおいて自分は真実だけを話すことを神に誓う。幼少の頃から、生活の中で自然に会得したアイデンティティは安定している。人々は同じ宗教の戒律を学び、それを基盤にした信頼感によって連携する。家族や同士との間にある信頼とつながりこそ宗教の基本である。
日本人のアイテンティティは自然への敬いである。それは、極東に位置し四方海に囲まれた国土、四季が美しい自然の中で何千年・何万年もかけて育まれたものである。六世紀に仏教や儒教など外来の宗教が伝導され仏教を受け入れた。また、一九世紀の半ばの開国によって、根本的に異なる西洋思想と西洋文明が怒涛のように流入した。外国の文明に魅了され外国の学問や技術を学んだが、日本人は自然を敬い彼らの生活の中にあるアイデンティティは失われなかった。日本人の宗教はそうしたアイデンティティを洞察することなしに理解できないと思う。
 

「たましい」の信条とアイデンティティ

  開国から明治維新、西洋文化の流入によって、日本人のアイデンティティは一大危機に直面した。西洋の学問に接した日本の科学者や思想家は西洋文化に魅惑される一方で、日本人としてのアイデンティティを求めた。明治から大正、昭和初期を代表する思想家である柳田國男は民族歴史学者として、折口信夫は国文学者として日本人の魂を研究した。二人は霊魂の研究において仏教ではなく素朴な神道に注目した。
 最古の昔から、日本人は漠然とした「たましい」への概念を持っている。たましいの概念は古代の律令制度にも反映したという見方がある。例えば、立春から秋分までの期間は、例外はあるが、死刑が執行されなかった。この時期は草木が茂る時期、草木を切り捨てるなら精まで失われてしまう。人間の生命も同様に、その期間は肉体だけでなく霊魂まで亡くなってしまうと考えたのである。このように日本人の民族宗教は天地に生きるすべての魂を畏れ尊敬することを基本としている。民族行事も宗教行事も死者の魂を尊敬する。
 折口は「たま」は外から来て人間の体の中に入り、その人に威力をあたえる根源となると考える。例えば、天皇は即位に際して「たま」を身につけなければならない。「たま」は特別な「天皇霊」と諸国の「くにだま」があり、それらを身につけないと支配者になれない。今でも古代からの「たま」を与える「たまふり」の行事がある。お正月の「お年玉」も「たま」になぞらえたものであると言う。折口は日本人の信仰の根幹として「外来魂」を想定し、「たま」を身につけているときに生命を持つとしている。「たま」は生きる人間への試練を意図している。
 一方、柳田の「たましい」は、なによりも死者の霊である。人間は死によって肉体は朽ちるが、霊として生きる。霊魂は、子孫の供養をうけて「ご先祖さま」という霊体として、子孫の生きる土地の繁栄を約束する。死者の霊はどこか遠くへ行ってしまうのではなく、生前の地にとどまる。柳田の霊魂説では、この地で長く生きたいという人間の願いと、親がいつまでも生きてほしいという子孫の願いが合致する。死んでもその魂は近くの山や田にやすらって、子孫の繁栄を見守るのは、日本人の伝統の心情であり安らぎを感じさせる。死者を崇め供養するという信仰によって、恐るべき敵対心を緩めることができる。そして自分も神になるという安心感がある。

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