グローバル時代を生きる:自由と責任(その2)

グローバル時代を生きる:自由と責任(その2)

 はしがき

「責任」は明治時代の半ばになって訳された外来語であり、日本人には違和感を覚える概念である。また、自由の概念においても、日本と西洋では明らかな違いがある。今回は、日本人の「自由」と「責任」の概念を、古代から現代までの歴史に探ってみたい。

古代・王朝・武家政治体制に見る「責任」の概念

 西洋の民主主義は、主体である国民の自由を守るためであり、憲法の制定が必須条件となる。日本の最初の憲法は、古代聖徳太子の「一七条の憲法」。学問や政治などを中国から学ぶ時代の憲法は「和を以て尊しとする」など、責任意識は中国と同じく「任務責任」で、官吏に向けられるものであった。

 やがて仏教が定着するに伴って、中国で諸子百家の時代に生まれた儒教・仏教の思想が、日本古来の民間信仰と習合し、「日本的霊性」が形成されていく。その過程に於いて責任意識は武士階級の倫理として捉えられるようになった。中国との違いは、日本では天皇は神であり責任を超越した存在であること。責任は天皇の下にあった古代の氏族の長や、武家時代の支配者が負うものであり、天皇は万世一系の象徴であり徳が求められた。

明治維新を実現した責任の思想

 江戸時代の末にペリーが率いた「黒船」と呼ばれた軍艦の出現は、日本人のアイデンティティを守る責任意識となった。明治維新は、日本人が東洋の島国まで押し寄せた時代の潮流を認識し、自らが歴史を変える主体となった最初の出来ごとだったとされる。維新が実を結んだのは、時代思潮を切実に感じた幕末の志士たちと、彼らに感銘した庶民の力が大きな波浪となり、うねりとなったからであった。

 西洋化の思想的根拠は民主主義であり、民主主義は主体となる国民の自由を守るための憲法の制定である。封建主義の下では、外部からの危険に対する安全保障が優先され、人民は支配者や家長の命令に従う存在。個人の自由が極度に制限され、責任の概念も育たない状態であった。

 次回は、長い封建主義から民主主義へと転換していった明治以降の自由と責任の思想を考察したい。[MM.HISAMA, 2019.1]

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