読書コーナー(平成29年度)

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第8回 日本語の危機と施策(その3)

 日本語が亡びるとき:英語の世紀の中で 水村美苗、筑摩書房2008.10.31

 はしがき 

 

ことばは文化、千数百年も漢文圏だった日本のことばと文化は、一九世紀の半ばに、西洋語とキリスト教文化の洗礼を受けます。それでも、歴史的・地理的な奇跡によって日本は植民地化を逃れ、高度に発達した翻訳によって日本語を守ることができました。第三回・最終回となる今回は、第6章の日本語が亡びいくメカニズムと、第7章の水村が考える「日本語の救出」について述べます。

 第6章 インターネット時代の英語と「国語」

 二○世紀は科学の世紀、人間社会は未曾有の転換を迫られている。最も顕著なのは大衆消費社会の出現で、個人があらゆるメディアで多くの情報を無料で享受できること。富豪・貧民、教養人・無学無知な人も同等に情報にアクセス。インターネットを支配する英語の世紀到来です。

 交通手段の発達が世界を近距離にして、更にインターネットが世界を一つに。インターネットでは、英語だけでなく世界中のことばが流通できよう。しかし、世界中の人が最も頻繁にアクセスできることばは英語。自然科学の分野では英語の一極化が実現、他の学問へも確実に広がっている。英語の世紀はこれから何世紀も続く。

第7章:英語教育と日本語教育

本章は冒頭にある三行の文章で始まる。

 ○日本語が「亡びる」運命を避けるために何をすべきか。

 ○何か少しでもできることはあるのか。

 ○凡庸きわまりないが、学校教育というものがある。

著者によると「学校教育とは、ある言葉を教えることによって、その言葉を<国語>に育て上げることもできる代わりに、ある言葉を教えないことによって、その言葉を滅ぼすこともできる」と言う。

 英語の世紀に入り、国益の観点から、すべての非英語圏国家は、優れた英語ができる人材を、充分な数で育てなくてならない。日本の対策は、 禮餮譟笋魃儻譴砲垢襦↓国民全員がバイリンガルになる、9駝韻琉貮瑤バイリンガルに。政府は、今こそ日本の国益のために、そして人類のために真剣に考えるべきとき。政府は「忙しすぎる」か「怠慢なる」が故に考えない国民に代わって考える責務があるのに、真の危機感をもたない。果てなき政府の無策がつづく・・・・。

 コメント

 日本語の基礎を習得する12歳で家族の都合で渡米。バイリンガルの深層を知る著者による、日本語を守るための悲痛な叫びの書である。[KK.HISAMA, 2018.1]

 

第7回 日本語の危機と施策 (その2)

日本語が亡びるとき:英語の世紀の中で 水村美苗、筑摩書房2008.10.31

はしがき 

 前回は二重言語者・文学者となった著者による本のあらましでした。今回と次回は、全七章の内容を順に述べていきます。

1章〜第3章:ページ数から言えば、全7章の半分を占める長い部分です。内容は著者のアメリカ(1章)とパリ(2章)での経験、地球のあちこちで母語によって書く人たち(3章)について述べています。タイトルが示す本題の背景と考えられる内容です。

一方、第4章〜第6章も最初の3章より更に長く、全体としては著者の視点による日本語の歴史的な考察、本題を理解する上で重要な部分です。最後の第7章は「英語の世紀」における学校教育のあり方、日本語教育の重要性です。今回は第4と第5章について述べます。

4章・「日本語という<国語>の誕生」

明治政府からイギリスへ覇権された夏目漱石が、小説「三四郎」に登場する人たちを通して語る日本人と日本語を起点に、日本語の歴史的な考察です。中国とほどよい距離の島国という条件によって、日本は四世紀から漢文圏に入り文字文化が発達。しかし近代に入ってからは、それまで歴然としていた漢文の威力が消失、西洋語の洗礼を受けます。中華思想に代わりキリスト教的な西洋思想の影響です。日本が植民地にならなかったのは、「維新の志士」の働きだけでなく、文字言語の進歩による貢献が大きいのです。

 第5章・「日本近代文学の奇跡」

 文学者である著者にとって日本語の未来は一大関心事。著者によると、国民国家のことばである「国語」は、「世界を鳥瞰図的に見る」視点を内在する<世界性>をもつ言葉。日本の近代文学の輝かしい発展は、々眦戮塀颪言葉の発達・江戸時代からの「印刷資本主義」・西洋の植民地にならなかったこと、など三つの事情があったからです。日本の近代文学を支えたのは、巨大な翻訳機関としての大学の貢献が大きかったのです。

おわりに

 その日本語は、今、ガラガラと崩壊しつつあります。日本語が崩壊の道を進むメカニズムについては第6章で、日本語救出の方法は第7章で述べています。次回につづく。[KK.HISAMA,2017.12]

 

 

第6回 日本語の危機と施策 

日本語が亡びるとき:英語の世紀の中で 水村美苗、筑摩書房2008.10.31

まえがき

今年のノーベル文学賞受賞者・石黒和夫は、5歳で父の仕事で家族全員がイギリスへ。木村美苗は12歳のとき父の仕事で家族がニューヨーク市に。少女時代は米国にも英語にもなじめず、一人で日本文学全集を読む日々。成長期の子どもが外国で経験する心の葛藤は大きく、アジア人に共通する現象です。成人になってからの木村は、有色人種が多い文学者のグループで学ぶ経験などを経て、執筆活動を始めます。

あらすじ

二重言語の成功者となった木村は、自分の渡米後の生活、日本の開国に続いた西洋化の中で、福沢諭吉を始め幕末から明治の日本人が、どれほど熱心に外国語を学んだかを語ります。二重言語者となった彼らは、日本の政治・教育・文学における貢献は測りしれません。西洋語(英・仏・独)の翻訳によって、日本人は世界に広がった植民地化を回避し、列強国に仲間入り、軍事国家となって破滅的な敗戦へと進みます。

ことばは文化。西洋語の輸入と日本語への同化は、良きにしろ悪しきにしろ、日本語だけでなく、日本人と文化を根本から変えていったのです。

本書はこのような歴史で始まった日本の英語教育の未来を予告する書。全部で330ページという長編の最後となる七章で、著者は日本語が滅ばないための施策を述べます。外国語教育の論争の中心となっている小学校英語も入れて、日本語の救出が如何に重要なのかを納得できる貴重な書。日本語が崩壊する足取りの論理的考察、西洋化による日本語への影響などについては、次回以降に述べます。

補 足 

 親の仕事の都合で、外国に移住する家族の子女は数えきれないほどいます。石黒は音声言語の基礎ができたばかり、学校教育で文字を学ぶ前に英語圏へ移住。一方、木村は音声と文字言語の基礎ができて、外国語を学ぶ前に英語圏へ移住。客観的に見て、石黒と木村はどちらも成功者でありながら、ことばへのアプローチは全く反対です。

自称「国際人」石黒の妻は英国人、社会でも家庭でも英語一筋の人生。しかし、外国でも人種・国籍を消去できないし、否定するのは透明人間になること。年齢、場所、男性と女性の社会的な役割の違いによって、外国語教育が子どもたちの未来にどう影響するのか。日本の為政者・教育者へ重要な課題を投げているのです。[KK.HISAMA,2017.11]

 

第5回 人口知能と人間の共栄(その3)

人工知能の核心 羽生善治・NHKスペシャル取材班 NHK出版新書、2017.3

第3章 人に寄り添う人工知能――感情・倫理・創造性

 記憶量とスピードにおいて圧倒的にすぐれた人工知能研究の新たな方向は「人間のように」「人間に寄り添う」ために必要な感情・倫理・創造性などを開発すること。人間に寄り添うためのAIはおもてなしの精神があり、対戦や学習の場では人間を育てることができます。この試みの一つは、日本のペッパーというロボットで感情地図をもっています。しかし感情を行動に移すことは困難、AI自体が多大な学習をする必要があるとか。

倫理は異なる価値観があるので更に困難。ロボットの権利・気分まで考えないといけません。音楽や絵は数値化できるのでAIが模倣できるが、創造性は違います。AIは人間が持つ五感や時間の概念がないからです。

第4章「なんでもできる」人工知能は作れるか――汎用性と言語

 汎用性は多くの謎につつまれた脳の高度な機能によるもの、研究は今後の課題です。

第5章 人工知能といかにつき合えばいいのか

 人工知能が人間を超えることは可能となった現在、人間にとってベストなAIとは何かを考えることが重要です。イギリス・オックスフォード大学の人類未来研究所が発表した「人類文明を脅かす12のリスク」の一つが「人工知能の台頭」。なぜなら人工知能は「恐怖心がない」からです。人間ができることは何か、AI時代の教育のあり方が問われます。

 人工知能のプログラムを使えば、超高速で効率の高い学習ができます。一般道ではなく学習の高速道路です。大量の情報がやすやすと手に入る一方で、自分の体や頭を使う時間がなくなり、考える力が退化。「遊び」の姿勢がなくなり選択肢が限定されます。

 やがては高度に発達したAIと人間の知性が対比され人間の知性の特徴が明らかになる・・・その日のために、人間は今から「どう適応できるか」を考える力を養い続けるのです。[KK.HISAMA,2017.10]

追記:人工知能は日進月歩の勢いで進歩しています。最新の著書は:「ビッグデータ」&「人工知能」ガイドブック、I/O編集部 編、工学社、2017.8

 

 

第4回 人口知能と人間の共栄(その2)

人工知能の核心 羽生善治・NHKスペシャル取材班 NHK出版新書、2017.3

はしがき

 十代の棋士が活躍する現在、羽生善治は将棋の世界で40年のAIの歴史を生きている人。本書の目的は、記憶量と思考速度において人間をはるかに超えるAIと人間の知能を比較しながら「人間にしかできないことは何か」を追及し、人工知能の未来を考えること。今回は全5章から第1章と第2章を紹介します。

第1章:人工知能が人間に追いついた―「引き算」の思考

 囲碁界の魔王が人工知能「アルファ碁」に敗北(2016.3)。このソフト開発者ハザビスさんは、碁などのマインドスポーツのファンでプレーヤー。しかし開発は碁の知識ではなくプログラミングの知識が重要。秘密の一つはアルファ碁同士のとてつもない対局数。いわゆる「ビッグデータ」で、人間なら何十年、何百年もかかる。他はハードとソフト、特にDeep Learningのソフトの進歩によるものです。

 興味深い部分は、Deep LearningにおけるNeural Networkの働き方で、人間の脳のしくみを真似た手法で、神経細胞の伝達を行う「シナプス(接合)」によるもの。この思考方法については具体的な説明があり、将棋だけでなくあらゆる学習の参考になります。他にAIと人間の思考の違いや社会のあり方まで言及しています。

第2章:人間にあって、人工知能にないもの――「美意識」

 人間とAIの思考の違いを理解するため棋士を例に説明。まずは相手の指し手を受け「直観」で大まかな判断をします。ここでいう直観はやみくもとは違い「経験や学習の集大成が瞬間的に現れたもの」。直観は可能な指し手を絞るために必要、いわばそれまで得たデータであり、方向を知る「羅針盤」に似ています。

 次は「読み」、相手の次の手と、返す場合の指し手を予測します。指し手の可能性はまさに「数の爆発」、コンピュータではできるが人間は無理。コンピュータは天文学的な数の局面と打ち手を記憶、今では1秒間に2億局面を考えるハードも。「評価関数」というアルゴリズムによって局面の形勢を評価します。

一方、人間は木でなく森を見る「大局観」が必要。一手一手の検討から離れ、序盤から終盤までの流れを総括して戦略を考えることであり経験知を活かすのです。核心は「だめな手が瞬時にわかること」。囲碁と将棋の違いはあるが、鍵は棋譜の記憶。指し手を選ぶ行為は「美意識」を磨く行為です。

 「美意識」とは、人間が長い歴史の中で獲得した強みであり、弱みでもあり、時代の中で変化していくもの。人間がAIと共栄する鍵はひたすら「美意識」を磨くこと・・・その方法は、著者が述べる将棋の「美意識」から推測できます。[KK.HISAMA 2017.9]

 

第3回 人口知能と人間の共栄(その1)

人工知能の核心 羽生善治・NHKスペシャル取材班 NHK出版新書、2017.3

[5分でわかる]人工知能(AI)とは?侍エンジニアブログ編集部、2016

はしがき

 人々の健康と幸福を理念とする本研究所のミッションにおいて、人工知能は注目すべき概念。AIなどわからない、恐ろしいという先入観がある人のために、まずは概念をすばやく理解できるブログを紹介。その後、世界的な知名度の将棋士がNHKと協力した取材番組「天使か悪魔か・・・」を基に書かれた『人口知能の核心』紹介します。

[5分でわかる]人工知能(AI)とは?

人工知能の定義・種類

 人工知能とは、人間の脳が行っている知的な作業をコンピュータで模倣したソフトウェアとかシステム。具体的には、人間の自然言語の理解、論理的推論、経験から学習するコンピュータ・プログラムなど。応用例は、問題解決の技法(エキスパートシステム)、機械翻訳システム、音声理解システム。

 特化型・汎用型:特化型は個別の領域に特化した目的と能力、汎用型は違う領域で複雑な問題を解決できる。

 強いAI・弱いAI:ある枠を超えて考えるAIを「強い」とし、人間のように思考、認識、理解、推論、価値判断のもとに実行。自律的に学び、意志決定を行うことができる。しかし、プログラムされた事以外は何もできない。

人工知能の理解を深める情報

人工知能の歴史:1960年代に始まった歴史の中で、現在は第三のブーム(2010より)。内容はビッグデータや機械学習・深層学習(デープラーニング)、他にAIの影響力・脅威が話題となっています。

人工知能のレベル: 会社における4ランク(契約社員・一般社員・課長・経営層)と人工知能のレベルを説明、興味深い分析です。

人工知能とロボットの違い: 両者は同一ではない。AIはあくまで人間の「脳」の人工版、ロボットは外部から情報を入力されると動作する物体。人工知能は「自ら考える力」があるのです。

コメント

 若き侍たちによるAIの説明は簡潔でわかりやすい。結果の見えない日本の英語教育を考える上で、人工知能のレベルとかロボットとの比較は参考になるのでは。

 

第2回 多文化社会は共生か共苦か(後編)

 はしがき

第I部と同様に第II部も四人の研究者による四章で構成。中心となるトピックは、外国人の人権が異文化の中でどのように守られるか、住居の契約や参政権など政治問題となった時代が述べられています。数十年の闘争を経た今では、国や地方団体が真摯に取り込んでいることがわかります。日本と同じく血統主義社会である韓国の事情をのべた章では、いずれの国家でも、政治問題を解決する強力な手段は法律の支配です。

 多文化共生で注目したいのは、世界各国に見られる華僑社会の実態です。なぜなら、中国はすぐれた古代文化の発祥地、巨大な大陸に巨大な人口を有し、早くから世界の主要都市に進出して、チャイナタウンのような華僑社会を発展させて文化を守っているからです。ちなみに、華僑とは中華民国か中華人民共和国の国籍を所持し、外国に定住している中国人。華人とは、居住国の国籍を所持する中国出身者で、「華人意識をもつ」中国人です。華僑と華人は、血統・国籍・アイデンティティをあわせる、二つの異なる概念なのです。

「境界者」としての華僑と華人

最後の章では、多文化共生社会における共生と共苦について具体的に考察しています。移民大国のアメリカでは、長い間アメリカの文化に同化する「メルティングポット」の考え方が主流でした。しかし、グローバル社会の急速な進展によって世界中から移民が急増した結果、近年は異文化を守る動きが広がっています。国籍を取得して帰化するのではなく、華僑のように永久居住者の資格をもつのです。

帰化が容易になっても帰化しないで外国人として生きるのは、華僑と同じくアイデンティティの問題があるからです。彼らは「境界者」とされ、国民でも外国人でもない存在です。欧米の先進国では、マイノリティであるアジア人や肌色の濃い民族は、帰化しても外見の違いから境界者と見られるという苦悩を抱えています。

最後に、「境界者」でありながら、「世界本塁打王」となり「国民栄誉賞」を受賞し、日本の野球界に君臨する王貞治の物語を紹介しましょう。王が「日本語しか話せない中国人」である理由は、「自分が帰化すれば親父は悲しむだろう」「華僑や台湾社会を裏切りたくない」という気持があるからとか。日本人だった母も妻も、中華民国の国籍を取得、王の家族全員が日本の国籍をもっていません。

結 語

国籍よりも確かな自分と家族の「アイデンティティ」を守るという王の生き方。一方、外国に移住する日本人は、容易に同化する傾向があることで知られています。日本の国内で急増する外国人の受入れと、日本人としてのアイデンティティをどう守るか、グローバル社会がもたらす異文化共生と共苦は、これまで経験しなかった課題をつきつけているのです。[2017.6]

 

 

第1回 多文化社会は共生か共苦か (前 編)

  最近、久しぶりで東京で開催された学会に出席した。羽田空港から都内のホテルに移動し、そこから四日間ほど電車で都心を移動。この間いろんな人に話してみた。おどろいたことに、私が話した人の半数は日本語がわからないアジア人。中でも小さな子どもを連れた母親たちは中国人らしかった。地方都市でも市の中心部は外国人が多い。
  移民大国アメリカだけではなく、ヨーロッパも日本も外国人は増加の一方。国際化・グローバル化がもたらす多文化社会は、遠い国へのあこがれではなく足元にあるのだ。昔からあったが、一般の人が意識しなかっただけかもしれない。

権 寧俊・編著 東アジアの多文化共生:過去/現在との対話から見る共生社会の理念と実態、明石書店、2017.1 

はしがき

  日本の人口約1億2500人の内、外国籍は230万7300人を超え、年々増加傾向にある。トップは中国人(71万4000)、韓国人(49万1000)フィリピン人(22万9000)。他はベトナム、マレーシア、バングラデッシュなどアジアの国籍が多い。政府による多文化の定義は、(顕修琉磴い鯒Г瓩襦↓対等な関係を築く、C楼莠匆颪旅柔員として共生。I部とII部があり、執筆は八人の研究者が担当。今回は第I部から、過去における日本の共生社会を述べる。

第I部:多文化共生をめぐる過去・現在との対話

  本書で述べる東アジアは、[中国・台湾]、[朝鮮・韓国]、[日本] を三国家・三民族と考えるとわかりやすい。日本の多文化共生も西洋先進国と同じく植民地政策に始まっている。多文化共生の概念も同様であり、民族の関係は支配者と被支配者、優等人種と未開人種であり、言語と文化の同化が求められた。日本の「優等文化」を学ぶためにやってきた留学生の記録。その多くが文学作品として残されている。第I部は、差別の記録と、著者が自らの経験に基づて書いたフィクションの内容である。

  日本と韓国は、どちらも単一民族社会と考えられているが、実は、長崎・神戸・横浜のように、三民族が住む長い歴史がある。文学作品の事例から、同化を強制された留学生を始め、労働者、商人と家族が経験した苦悩が理解できる。フィクションでは、満州を舞台にして、異なる宗教による民族の心の葛藤が描かれている。宗教は人々の生活を導く精神的な基礎であることが浮き彫りにされ、過去と現在を貫く最大の問題であることがわかる。

コメント

 民族意識が高まり、慰安婦像が象徴する国家摩擦が深刻な問題となっている。多文化社会の現実を知ることは、日本の未来を考えるために重要な課題だ。広大な中国大陸は、古くから多民族国家であり、民族間の熾烈な戦争の歴史がある。イギリスの植民地だったマレーシアやシンガポールでは共生がもっと進んでいる。しかし、本書は韓国出身で日本の大学教員が編・著者のためか、詳細は日本と韓国における三民族文化の共生である。[KK.HISAMA 2017.4]

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