日本人の英語講座:第7回・英語に征服されたエスキモーの言語・文化に学ぶ

日本人の英語講座:第7回・英語に征服されたエスキモーの言語・文化に学ぶ

はじめに

小学校英語が必須化してから出版された後発の書、『英語の害毒』の著者・永井忠孝はエスキモー言語の研究家。今回、過激な小学校英語反対論を取り上げた理由は、昨年の夏、初めてアラスカを旅行した経験からです。同行したアメリカ人と共に、私はエスキモー民族の博物館を見学しました。一つは市の中心部に、他は郊外の自然の中にあり、エスキモーの文化と生活を伝えています。シアターにおける伝統音楽の実演と、熱気あふれる冬季のスポーツ大会のDVDは見事でした。厳しい気候の中で、人々が緊密に協力し、雄大な自然と共生する姿に深く感動しました。

言語と文化を失っていくエスキモーの悲しみ

氷雪に閉ざされる厳しい気候ゆえに、エスキモー語と文化は、他の原住民よりも長い期間守られていました。しかし、グローバリゼーションの波は容赦なく襲い、未踏のことばと文化は、高波に飲みこまれようとしています。永井は、エスキモー集落の村を訪れたときの驚きを次のように述べています。

若者はアル中だらけ。ほとんどの家庭は低所得用の食料配給券で生活している。人口三〇〇人ほどの村なのに、毎年のように中学生くらいの子が一人や二人自殺する。都市部に出ていった若者は犯罪を犯して刑務所入り。村一番の秀才は都会の大学に進学したものの、やがて退学――実に悲惨なものだ(『永井忠孝、英語の害毒、新潮社、2015,6.p8』)。

これは、北米大陸に点在する多くの原住民社会に共通する現象です。永井によると、原住民にとって、英語は文明化ではなく奴隷化。日本の小学校英語で進めるような英語教育は、「自発的植民地化に過ぎない」「バイリングアル化は奴隷化への道だ」。過激な表現が多い『英語の害毒』のレヴューは、今後の読書コーナーで取り上げる予定です。

英語文化の中で滅びる原住民たち

ことばは宗教と同じく、民族の生活と共にあり、人々が生きる意味を見出すアイテンティティです。ことばが無くなるとき、文化がすたれ、民族の魂が失われる危険があります。欧米諸国の海外進出が始まって五百年、今では、地球規模のグローバル化によって、多くのことばと文化が失われています。

新教徒が北米にやってきたのは、宗教上の理由からでした。新天地で生きようとする新教徒は、定住する強い意志を持っていました。しかし、彼らがインディアンと呼ぶ原住民は、弓と矢で異民族を猛烈に攻撃。冬の寒さと原住民の攻撃によって多くの人が命を落とし、定住するまでの困難は饒舌につくせないほどでした。

 しかし、新教徒たちの命を救ったのは「ことばの力」。一人の若い原住民の男が、英語がわかったのです。彼は、船員によってイギリスへ連れられ、生活した経験がありました。故郷へ帰りたくて船から逃亡したのです。運命の悲劇か、時代の流れか、セトルメントに成功したアメリカ人は、多くの原住民を殺害し、生き残った人は、リザベーションという特定地区に収容。自由に大陸を移動した原住民は、生活の自由を奪われ、彼らのことばと文化は消滅したのです。(次回に続く)[KK.HISAMA,2017.2]

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