第6回 育児の知恵で医者いらず:後編

第6回 育児の知恵で医者いらず:後編

前編で学んだ育児書の著者である故・松田道雄は、戦後のベビーブーム時代から半世紀近い期間にわたって斬新な育児書を書き続けた。子どもの病気は育児の問題と考えた松田は、広汎な育児学を追求し『育児の百科』を大成した。しかしながら、近年になると不登校などの問題が注目されるようになった。子どもたちの心の問題を追求したのは、同じく小児科医で四〇年近く子育ての相談を行った平井信義である。平井は、心を健康に育てるには?心にゆがみを与えないためには?心のゆがみを治療するには?等々、子どもの精神衛生についてわかりやすく述べている。小児科の治療を求めてやってくる無数の親子との経験など、臨床に根ざした平井の育児法は、松田の育児書を補完するものである。後編で平井による著書を参考にしながら、発達心理学の視点から健全な心の育児法を考える。
 

健全な心を育てるために

 
 問題行動が顕著になるのは思春期、すなわち、生殖可能となる時期であるテーンエージャーの初期から中期である。ひきこもりや不登校が中心であるが、他にもいじめや暴力行為、精神疾患、非行などがある。予防が何よりも大切であり、平井はこれらの問題がすでに乳幼児期に始まっていることを確認している。問題の根っこは、育児が行われる家庭内とか地域社会に留まらない。今日のような携帯電話やテレビ、インターネットなどが支配する情報時代では、家庭や地域を超えて国際社会の影響もある。

 心の問題の予防や治療の基本は、両親や関係者が子どもの自然な発達を理解し、それを伸ばしてあげることである。発達が阻害されているかどうかは、問題行動につながると見られる「気になる性質」によって知ることができる。

 子どもに見られる気になる性質

●気力がない子ども 
四六時中眠っているように見える赤ちゃんは、実は心身とも最も早い速度で成長している。一方、子どもに気力がないのは興味が持てないからであり、中でも勉強のやり方においては多くの問題があると考えるとよい。
●引っ込み思案の子ども:家庭の中では元気がよくても、外にでると引っ込み思案になる子ども。
● 神経質な子ども:落ち着きがない、いろいろなくせがある。例:泣き虫、不潔恐怖など。
● ぐづつく、のろい子ども:両親や先生がすすめることをやろうとしないのは、反抗心があるとか興味がないからである。
● 友だちと遊べない子ども:三歳頃からは友だちと遊ぶようになり、小学二、三年にはグループで遊ぶのが普通である。友だちと遊べないと思春期につまづきやすい。
● うそが多い、盗む:「うそつきは泥棒の始まり」と言われる。うそをつく原因は、ー最圓ら逃れる、見栄、親の真似、と森魁↓タ討涼躇佞魄く、などがある。
 

「気になる性質」の気づきと対応

子どもが何かの遊びに熱中できるならば、勉強の気力も引き出すことができる。勉強と遊びにおいて重要なことは、子どもの発達段階に応じて興味をもつように導くことである。
子どもの発達において、身体的な面と知能・情緒など心理的な面がよく話題に上るが、同じく重要な発達は社会的な面である。「気になる性質」は、根本的には家族関係に始まる社会的な発達の問題と考えられる。
平井は子どもの発達の中心は自発性であると言う。自発性とは独立心と主体性を育てることである。日本ではなかなか育ちにくいので日本人全体の問題でもあると言えよう。平井の観察では、西洋に比較すると中学や高校生でも、主体性は二、三歳レベルであると言う。自発性の基準は、個人主義的な西洋の発達心理理論が主流とされているが、日本の事情を検討する必要であるのではないか。
急速に西洋化が進む日本社会であるが、親離れのできない子、子離れのできない親が圧倒的に多い。従って自立性の問題は、西洋の基準で判断するのではなく、日本社会で生きていけるかどうかの視点が必要である。過度の独立心によって軋轢が起こるならば、お互いの精神衛生に望ましくない。残念ながら、日本では独立する個人が社会的なつながりをもつ西洋のシステムが発達していない。孤立する個人の孤独感は深刻な問題であり、独居老人の孤独死は一例と言えよう。
気になる性質は家族の人間関係の中で始まるので、子どもの自発性を育てる親子の民主主義的な関係を育てることから始まると思う。
 

自発性の発達過程

 子どもの自発性は乳児期から幼児期、学童期、思春期というふうに、発達期にふさわしい特徴がある。親はこうした発達過程を理解し自然な発達を促し、いつまでも同じ型にはめないようにしなければならない。
● 乳児期:一人遊びは自発性の現れなので妨害しない。しかし放任するのではなく、相手を求めるときには抱いて語りかけ、一緒に遊んでやる。不快感のあるときは泣いて自己主張するので、不快感をとり除いてあげるとよい。自己主張を無視されると、子どもは過度におとなしくなるなど、様々な「くせ」が現れるようになる。
● いたずら時代:体が移動できるようになる頃は、新聞など身近なものにさわり「いたずら」をする。いたずらは、好奇心の現れで子どもの自発性の特徴であり、幼稚園や小学校はもちろん中学・高校まで続く。過度のいたずらに注意する。
● 第一反抗期:思春期時代に現れるのは第二反抗期である。最初の反抗期は二歳前後から現れ、何でも自分でやろうとして失敗もする。育児において親やまわりの人は、心のゆとりをもって根気強く対応する。成功したらほめてやるが、失敗を叱らない。過保護はしないで、親はむしろ子どもから学ぶ姿勢が必要である。
● 第二反抗期:「自我のめざめ」とされ、自分で考える力を養う時代である。男の子と父親の対立は、暴力や家出など深刻な問題を起こすので話し合いが重要である。登校拒否は深刻な社会的な問題である。
 

自発性を発達させる親の役割

●「よい子」の鋳型にはめ込まない:適度な「いたずら」「おどけ、ふざけ」は必ずしも悪いことではない。兄弟や親友の間では「けんか」も起こるが、仲直りできるなら心配はいらない。自発性を伸ばすためには、叱らない、鋳型にはめない、その一方で思いやりの心を育てることを忘れない。
●「無言の行」:子どもは毎日の生活において親を見て育つ。親は子どもにとやかく言うのではなく、まずは自分の行為を見つめる必要がある。子どもに自由を与えるが放任しない。自由を与えられた子どもの責任は親の責任であることを銘記する。
 

結 語:心の育児のキーワード

 
 平井の著書のタイトル『「心の基地」はおかあさん』にある基地という言葉は、米軍基地を思いだすのでよい印象をうけないかもしれない。しかし、「心の基地」という概念はとても重要なので、代わりに「心のふる里」がよい。今ではほとんどの人が教育や仕事を求め、若くして故郷を去る運命にある。国内はもちろん世界中を渡り歩く、コンクリートの一角に住み都会の雑踏にもまれて生きる、引越しが多く故郷がない、と言う人も少なくない。しかし、確かな心の軸となり、やすらぎが得られる「心のふる里」があるとするならば、多くの人にとってそれは「おかあさん」かもしれない。「おかあさん」のように無条件に信頼し、無償の愛を与える人、彼らもまた「心のふる里」となれるのではないだろうか。
文献
  平井信義:「心の基地」はおかあさん、新紀元社、2003.12
 

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