特集アセナ学術セミナー:TPPと医療の社会保障・オバマケアの現場から(その2)

特集アセナ学術セミナー:TPPと医療の社会保障・オバマケアの現場から(その2)

 

はしがき

全国民に適用される健康保険(ユニバーサルケア)が米国でオバマケア(Affordable Care Act)として実現されたのは2年前で、国民を二分し最高裁判所で争われた末の出来事だった。なぜ米国でユニバーサルケアがそれほど困難だったのか、米国民は自分たちの健康にどう対処してきたのか、総論では「市場原理」と「創意工夫」のキーワードを述べた。高齢化と高度医療が急速に進んでいる現在、すべての先進国におけるユニバーサルケアは一段と困難となっており、日本の国民皆保険も同様である。半世紀以上も高度医療の発展を先導しながら、IT時代の只中でようやく始まった米国におけるユニバーサルケアの実践の現場はどうなのか。実施から半世紀を過ぎた今、あらためてユニバーサルケを考え検討すべき時代が到来したのだ。
 

オバマケアの実践における「市場原理」

アメリカはイギリスや日本のような島国ではなく広大な大陸、地勢や気候から歴史も著しく異なる。国土は50の州に分割され、各州は医師を始めあらゆる免許を管理し、独自なユニバーサルケアを実践している。日本でも近年は「地域創生」の標語によって、健康・福祉の分野では、地域の事情を考慮する政策が注目を浴びている。
 高度医療の最大の課題は医療費である。臓器移植をみるとわかるように、心肺などの大がかりな手術では数千万円はかかるし、手術後も生存期間を通して医療費が必要となる。高度医療と加齢に伴う疾患に対処する莫大な医療費は増加の一途で、国民の生活が脅かされている。キーワードは「アフォーダブル」、つまり保険の加入者が余裕をもって支払える保険料が前提となる。
まだ高度医療がそれほど発達しなかった前世紀の半ばまでは、医療費が限られた額であり経営は単純だった。支払われた医療費の一部を支払えない人の医療に当てるというチャリティ制度。英国の医療は裕福な貴族出身者による社会貢献で、敬虔な尼たちの社会奉仕が多かった。医師の社会奉仕の精神は20世紀のアメリカで個人のレベルでも体験できた。1964年始まった高齢者のためのメディケアや低所得者の「メディケード」という公的医療保険では、保険料の徴収はなかった。
こうした伝統は、ユニバーサルケアの影響で次第に消失していった。1964年に医療保険が始まるや否や医療費が急騰し、病院経営はチャリティ団体から経営グループの手に移っていった。その後は、クリニックにおいても、医者の自主的な運営が困難になり、経営グループが医療の中身まで指導するパターンに移行した。当時は高騰する医療費に対応するため、職場や学校のグループは医療サービスと保険料のバランスを調整して保険会社と直接契約するパターンが広がっていた。大企業や政府職員などの大グループで契約する場合、交渉によって保険料は比較的廉価であり、基本的な医療は無料で受けられる場合も少なくなかった。
問題はグループに属しない個人や中小企業の人の医療費であった。彼らは保険を拒否されるか、または高額な保険料を要求されるので保険のない人が急増した。オバマケアでは、そうした保険のない人をターゲットに、全国民が医療保険を契約できるようにしたのである。しかし、オバマケアにおいても、民間の保険会社と契約するというパターンは保持されている。課題は、如何に保険料をアフォーダブルにするのか、加えて、急増する医療消費者を受け入れるため、どのような医療を供給するかを決定しなければならない。オバマケア実施されて以来、中心課題は「国民が支払える保険料で、どれほどの医療を供給できるか」であり。過去2年間は、医療の供給者と消費者が協力してこの課題を検証している。すなわち、国民全員に一層きびしい創意工夫が求めているのである。
次回は進歩的な二つの州における最新の医療事情を「創意工夫」の視点から述べる。[KK.HISAMA 112114]

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