読書コーナー(平成26年度)

読書コーナー(平成26年度)

はしがき

 これまでの読書コーナーは、日本人の心の健康を主軸に展開してきました。本年度からは、ますます複雑になっていく国際社会の「よき一員」、願わくは、「よきリーダー」となるためのコミュニケーションの社会文化的背景と日本人の心理を主軸に進めて行く予定。

 

第6回:グローバル化と英語教育:コミュニケーションの視点から(その2)

斎藤 孝:コミュニケーション力、岩波新書915、2004,2013
平本相武:五感で磨くコミュニケーション(日経文庫)、日本経済新聞社、2006,2010

 

斎藤 孝:コミュニケーション力 (前回からの続き)

  第III章 コミュニケーションの技法――沿いつつずらす  前半の総論と後半の各論がある。各論とは会議運営、ブレイン・ストーミング、ディスカッション、メタ・ディスカッション、プレゼンテーション等、異なるコミュニケーションの場で役立つ技法である。 
 偏愛マップ・コミュニケーション:相手があるコミュニケーションの鉄則は相手が好きなこと、知りたいことを話して活性化させる。このコミュニケーション能力を育てる技法が偏愛マップ。最初に白紙に好きなことを具体的に、マップになるように散らして書く。二人一組になり相手のマップを見ながら話題を見つけて会話を始める。自分が知らない話題なら学びも多い。名刺に偏愛マップを印刷しておくとよいと言う。
 要約力と再生方式:相手に沿うための武器として役立つ。相手が話し終わったときに軽く要約する。再生はもっと細やかに行うので大きな意識エネルギーが必要。話の聞き方が格段に積極的になる。メモをとるが、話すときは見ないで時折確認する程度に。
 言い換え力:再生力では相手のキーワードをそのまま使うが、自分の言葉に置き換えてわかりやすくする技術。
 「たとえば」「つまり」:具体化と抽象化の運動で、ラジオ放送の中で模範例に会う。具体化のときに散漫にならないよう注意すること。 [2015.2]

平本相武:五感で磨くコミュニケーション


 タイトルに引かれて読んでみた。全体を貫くセームは個人の多様性で、それが五感とどう関連するのかはIV章「五感を全開にする」で述べられている。コミュニケーションの基本は対話。全ての感覚が重要な役割を果たすが、相手に伝わるコミュニケーションのための「三つの道筋」と各々の影響度の知識が役立つ。それらは:.椒妊ランゲージ(55%)、口調(音声のトーン、スピード、高低・・・(38%)、O辰瞭睛董7%)である。
五感は「視・聴・臭・味・触」であるが、著者はなぜか「視覚・聴覚・体感」の三つを「モダリティ」として話をすすめている。視覚と聴覚以外の三感覚の総称が体感である。多様な人間が同じ出来事から違う体験をするのは、どの感覚モードが開く傾向にあるかの違いによるという。〇覲亰晃:人間が得る情報の80%は視覚、この傾向の強い人は早口で、アイコンタクトが大切。聴覚傾向:この傾向の人は読書家であり論理的で分析的。B隆況晃:雰囲気重視の人、体の部位が会話の中に多いので、雰囲気が伝わるコミュニケーション。この三傾向に加えて「言語傾向」があり、感覚よりは言葉そのものが大事な人。
しかしながら、モダリティの傾向は同じ人でも状況によって変化する。その場合は、環境によって感覚が豊かになり、コミュニケーションの幅が広がると考えてほしい。相手のモダリティを察して、自分の全感覚を開くことで豊かなコミュニケーションができる。
コメント:対話はコミュニケーションの原点である。英会話は異文化コミュニケーションであり、話し手と聞き手は、文化の違いを克服しなければならない。まずは、相手を思いやる気持を育てることから始めたい。[KK. Hisama 2015.2]

 

第5回:グローバル化と英語教育:コミュニケーションの視点から

斎藤 孝:コミュニケーション力、岩波新書915、2004,2013

平本相武:五感で磨くコミュニケーション(日経文庫)、日本経済新聞社、2006,2010

はじめに 

   経済発展を中心とするグローバリゼーションの波は、通貨・貿易の壁だけでなく文化の壁を取り払ってしまう。そして国内だけでなく、世界規模の人口移動が起り、大家族から核家族、そして個人へ、というふうに人間のつながりを弱体化して結果的に消費を拡大する。なぜならマイカーもテレビも一人一台必要となるので消費が増大。しかし、言葉は胎児さえも必要とされるコミュニケーションの手段であり、生涯に渡って生きるために不可欠だとされている。今では、母国語だけではなく、世界に通じる言葉として英語は世界中で学ばれている。

21世紀の10年ほど前に、中国では「英語を制して世界の覇者になろう」という国民運動が急速に広まった。それは、人口13億を視野に入れ全国レベルの規模で行われた。児童と若者中心に外国語に対する心の壁を越えて英語を話す運動の成果は、今ではあらゆる国際場面で見られる。同じ頃、JETプログラムによって英語の基礎教育に5000人近い外国人を入れ30年近くなるが、日本人の英語力はあまり向上していない。こうした現状に鑑みてグローバル時代における英語教育はどうあるべきかを考えるため「コミュニケーション」をキーワードとする書を紹介する。

 

斎藤 孝:コミュニケーション力、 

 
 大学教授であり『声に出して読みたい日本語』などのポピュラー書の執筆が多い。少年時代から友だちとの対話に没頭した経験、大学では学生のコミュニケーション力を育成などの経験  から実践のヒントが多い。内容は3章からなる。
    I章 コミュニケーション力とは―文脈力という基本:コミュニケーションは「意味」と「感情」を伝えることであるとして、二つの軸によって整理。X軸は感情でY軸は意味、グラフを四ゾーンに分けて考えている。各ゾーンにおいて、」コミュニケーションの場所や目的を考え、よいコミュニケーションに気づくことができる。情報のやりとりに限定されたコミュニケーションが多い現在、意味を交換しながら、食事をし、共に時を楽しむことが重要。日本での学会と外国の学会が決定的に違う部分である。相手に意味を伝えるための工夫として文脈力や会話のメモ方法、聞き上手、会話の糸口と方法なども述べている。

   II章 コミュニケーションの基盤―響く身体、暖かい身体:よいコミュニケーションでは「打てば響く」、すなわち、話し手と聞き手の身体が一つのリズムを共有し一つの響きとなる。同じ話題で盛り上がり、一緒に笑い泣く。言葉でのやりとりだけではないのだ。コミュニケーションを円滑にする要素は:1.アイコンタクト、2.スマイル、3.うなずき、4.あいづちなど。また、身体を積極的に動かす技として、朗読、ハイタッチ、スタンディングオベーション、拍手喝采、演劇など多数。雰囲気も重要で相互の感受性が必要である。「外国語学習と身体」という見出があり、日本語も入れて外国語にはそれぞれの身体モードがある。日本語と英語を比較し、日本人にとって「非自然」なリズムを自分のものにすること、ここに「学習の王道」があるという。以下、次回へ続く。[KK.HISAMA2015,2]

 

第4回:国際化とグローバリズム:「グローバリズムが世界を滅ぼす」のか(その2)

今回は歴史家・人類学者であるフランス人エマニュエル・トッド氏の論考を紹介する。
 
国家の多様性とグローバリゼーションの危機・社会人類学的視点から。E.Todd
 
TPPが示すようにグローバリズムが経済中心に議論されているが、グローバル化の思想は新自由主義である。
思想は経済を通して人間のあらゆる面、つまり、教育や文化、家族システムにまで深く影響する。経済のグローバル化が具体化されたユーロの崩壊を予測する筆者は、グローバル化を(1)商業貿易・金利取引(2)技術の進展やコミュニケーション、家族システムなどを広汎な観点から述べている。
世界の識字化と出産率の低下
経済に先行した識字化は16世紀ドイツで宗教改革によって始まった。20世紀の初期には西欧全体に、現在はインターネットやスーパーコンテナなどの技術によって全世界に広がっている。これに伴い出生率の低下が進み、世界全体では2人、アフリカ諸国は4人、イスラム国家では2~3あるいは4人(いずれもこれらの数字を少し上まわっている)である。
教育の普及
 世界大戦の終了後に先進国では中等・高等教育、特に大学教育が起きて安定した進歩が続いた。それ以前は、高等教育は宗教家やエリート商人の教育であった。教育がもたらす文化的平等は、これまで政治活動や社会生活の中核となっている。しかし、現在も全員が高等教育を受けるわけではないため、教育格差・経済格差をもたらしている。
高齢者の増加
 現在の高齢者のほとんどは信じられないほどの貧乏を経験した人々であるが、今では想像もしなかった快適な生活を味わっている。彼らは格差も入れて現状肯定である。
 
グローバリゼーションの危機と解決

 行き過ぎたグローバリゼーションがもたらす危機、それは執筆者全員が指摘していること。ユーロ経済の破滅は自由貿易がもたらす隣国同士が相手を潰そうとする経済戦争の終末であるという。この現象は今では中国を取巻くアジア圏でも起っている。リーマンショックを予測したE.Toodは、行き過ぎたグローバル化がもたらす危機に新しい解決策を予測している。それは、世界史で起った二回のグローバリゼーションを先導したイギリスと米国からの新しい希望の光である。なぜなら、米国はすでに自由貿易を信用していない・・・加えて安定性があり変化が可能な社会だからとしている。[KK.HISAMA 2015.1]

第3回:国際化とグローバリズム:「グローバリズムが世界を滅ぼす」のか 

マニュエル・トッド他:グローバリズムが世界を滅ぼす、文藝春秋、2014.6
 
 本書は1913年12月初旬、京都で行われた三つの国際シンポジゥムの収録を編集したものである。シンポジストは3人の日本人と、フランスとイギリスの著名な外国人学者二人、内容は五人によるデスカッションと各人による論考で構成されている。以下、このショッキングなタイトルの本から、「全体主義」というキーワードを含む藤井氏の論考を紹介する。 

論考:トータリズム(全体主義)としてのグローバリズム:藤井 聡

 グローバリズムと国際主義は一見似ているように思われるが、実は「眞逆」の概念であると断言する。なぜなら、国際主義は国境が存在することを前提とした上で、異なる国家同士の交流を図ろうとするが、グローバリズムは国境を前提にしない。グローバル資本主義は、世界的に展開するため、国境を無視する傾向が強い。今、世界経済においては規制撤廃こそが成長戦略であると考えられているが、現実は逆でグローバリズムこそが経済危機、格差拡大、社会崩壊を招くのだと言う。経済で言えば、国境の壁がなくなると「おいしい投資先」に世界中からマネーが集まるのでバブルが膨らむが、マネーはすぐに移動するのでバブルが崩壊する。企業は国境を超えて行き来するので、経済が不安定になり、大企業が勝ち残り中小企業が潰れる。企業だけでなく、国家間の格差も固定化する。
こうした悪の帰結をもたらすグローバル資本主義がこれほど進展した背景として「全体主義」の概念が「便利」。全体主義は「個に対する全体の優位」を追求し、政治体制だけではなく思想まで同一にするので恐ろしい。それは民主主義が脅かされることであり、国家・家族の価値が溶け、文化や伝統、美徳や倫理が蒸発する。結果として何がおこるのか、それは、金銭以外のさまざまな価値が洗い流されていくことだ。
我々はどうしたらグローバリズムによる破滅を防ぐことができるのだろうか。筆者は論考の最後に述べている。1.99%の人々は足元にある地域の文化、家族の構造を見据えてコミュニティを大事にしていく。2.コミュニティの最大のサイズは国家なので、ナショナリズムを重視し、国家が協力するインターナショナリズムを重視しなければならない。 

コメント

この著書の冒頭の一句を引用する。「エリートの甚だしい劣化。これこそが、現在の世界をとりまく危機的状況の根本原因について、我々五人が一致して到達した結論である。」

では、何がエリートの劣化をもたらしたのであろうか。果たして1%のエリートに代わって99%の凡人がグローバリズムによる破壊を防ぐことができるのであろうか。私の頭に浮かぶのは、エリートであるべきNHKアナウンサーが、聴取者からのメール・手紙に一喜一憂、匿名の家族話など読み上げ、勝手に放送を中断する。公共テレビ番組のないアメリカのテレビ・コマーシャルを思いだす・・・(その度にスィッチを切る煩雑さ!)[KK.HISAMA.2014.10]

 第2回:「国際化」と「グローバリズム」 その1:「国際社会」の国際化のために

今回から数回にわたって、外国語学習の原動力ともなっている「国際化」と「グローバリズム」を思索する書を紹介する。
 
「国際社会」の国際化のために(『からごころ:日本精神の逆説』より、長谷川三千子、中公文庫、2014.6)
 
  最初の書は同じタイトルの文庫本で5編の論考集。終戦直後に生れた革新的な女性思想家として知られた著者の論文(1984年初出)であるが今も新鮮である。「国際化」という日本語は、欧米人から「英語にはない」とか「不思議な言葉」と言われながら、戦後日本の発展を支えている国民的標語である。英語にないのは、「自分よりも力の弱い者達から学ぶ」ことが少なかった欧米人の歴史であり、これからは「国際的標語」として「高々と掲げられねばならない」というのが著者の主張。
  英語にできない理由:英語訳internationalizeは、自分ではなく相手を自分の考え方に同意してもらう他動詞である。例えばスエズ運河の国際化を進めるためイギリスの雑誌でinternationalizeが使用されたとき、イギリスはエジプトの領土国際化を主張(1885)した。また、コンゴの国際化は、殖民地として一国が占有するのではなく欧米諸国による共同統治であり、欧米諸国の利益のための提案であった。一方、日本人にとって国際化は「自らが国際的なものになる」という構造である。欧米に強制されるのでない限り、日本の国際化は自動詞であり自主的な行動と考えられる。では語源international (国際的)の意味はどうであろうか。
  Internationalの内と外:非欧米国として国際条約の当時国となった最初の国と時代は19世紀の半ば過ぎ(1856年)に国際条約に正式に参加したトルコ。当時、世界第一の帝国オスマン・トルコは、クリミア戦争の借金のため財政上はイギリスの支配下にあった。国際条約により形式上はinternationalの内に入ったが、他のメンバーと同じく強力で攻撃的にならないと欧米諸国の支配下になる運命にある。真の独立を勝ち取るためにトルコは大改革を余儀なくされた。それは、イスラム聖法を無効とする西洋化であり、内側に入り込む悲惨を招く「悲しい大偉業」だった。
  「国際化」を強ひることのない国際社会:国際社会が機能するためには「国際法」が必要であり、参加するすべての国々の慣習や文化を尊重すべきである。しかし、現実は欧米人があらゆる分野で築き上げてきた有形無形のシステムの総体であり、社会、経済・風俗・言語、その他様々な領域で、彼らと同様でないと住めないように出来上がっている。日本語の「コクサイカ」とは、この世界には無限の「ものの見方」があるという事実を謙虚に受けとめることから出発する。それ故、日本人がすすめている「自動詞としての国際化」すなわち「コクサイカ」は、国際的標語として「国際社会それ自体の国際化」のために高々と掲げられなければならない。[KK.HISAMA.2014.10]

第1回:成毛 眞 日本人の9割に英語はいらない:
英語業界のカモになるな!祥伝社

 私にとってインパクトの強い本だったが出版からすでに3年近い。この本は帰国してから読んだ近藤誠の「患者よ、癌と戦うな(1996)」に似ている。近藤は、癌治療の矛盾に気がつきながら、一般の常識をくつがえす「踏絵」の気持で出版したという。一方、成毛は日本の外資系の大会社であるマイクロソフト社長だった。実体験だけでなく、膨大な読書量に裏打ちされた内容は、日本のビジネスマンにめずらしいほど深い教養と思考力が伺われる、でも英語は得意ではなかったようだ。

 タイトルにある「9割」は根拠のある数字であり、内容もそれなりに理路整然としている。第1章では日本人にとって本当に英語は必要かを総合的に考えている。ここから出発して、第4章の「日本の英語教育は日本人をダメにする」理由を述べ、英会話に費やす膨大な時間は、人格を培う本を読め、第3章では「本当の学問をしよう」と説く。では、本当の学問とは何か、答えは成毛が引用しているガンジーの慰霊碑にある「7つの社会的大罪」という言葉から推測できる。多くの日本人がこれら7つの大罪を犯していると言う。

  • 原則なき政治(Politics without Principles)
  • 道徳なき商業(Commerce without Morality)
  • 労働なき富(Wealth without Work)
  • 人格なき学識(教育)(Knowledge without Character)
  • 人間性なき科学(Science without Humanity)
  • 良心なき快楽(Pleasure without Conscience)
  • 献身なき信仰(Worship without Sacrifice)

 成毛は英語を否定しているわけではない。日本人の1割は英語を必要とするので、彼らによい教育をしてほしい、同時に日本人のアイデンティティを育てる教育が必要であると主張しているのである。英語の学習は災害時のような「備え」となるのかは疑問である。学校教育で英語を必須科目とし多大な時間を費やすこと、英語業界のカモになって大枚を費やすなと警鐘しているのだ。英語が必要なときは「泥縄(泥棒をつかまえてから縄をなう)」でも足りるので、最後の章では「成毛流英語学習法」を披露している。

コメント

 近藤誠の書は日本人のがん治療の考え方は、少しずつ変化させてきた。成毛の書が英語の盲信を変えるであろうか。言語は文化や宗教、民族の生き方に密着している。広い意味の宗教は世界の三大宗教に限定されない、長い歴史を経て民族の生活を導いてきた信仰を考えてほしい。他言語の盲信は、生きる意味を根底から揺るがすことになる。アイデンティティを失った日本人の心の健康が蝕まれる。

本書が半世紀以上も続いている「だめな」日本人の英語教育を根底から考え、改善するきっかけになるように願う。[KK.HISAMA.2014.7]

 

©2015 athena international research institute.